CHAPTER 01

原点 ── 難病の妹と、「寄り添う看護師」への違和感

吉田さんが看護師を志したきっかけは、身近な存在だった。

看護師を目指したきっかけは、難病を抱える妹の存在でした。患者さんに寄り添える仕事がしたいという想いから看護師となり、総合病院で勤務した後、美容医療の世界へ進みました。

学生時代に授業で習った「患者に向き合う」姿勢は、しかし現場では違う扱いを受けた。

実際に病院で働くと、やっぱり患者さんに寄り添う看護師さんは、ちょっと仕事が遅いみたいな感じで、ちょっと嫌われてしまうというか。

丁寧にすれば、時間がかかる。時間がかかれば、対応できる患者の数が減る。習ってきたものと、現場で求められるものの間に、埋めがたいギャップがあった。

その現状にやっぱり、習ってきたものとのギャップがあるなって思って。それでちょっと合わないなということで、美容クリニックの道に進みました。

看護師には、病院で働くか美容クリニックで働くか、大きく 2 つの選択肢がある。吉田さんはどちらにも興味を持ちながら、まずは美容クリニックの道を選んだ。

CHAPTER 02

美容クリニックで見た、業界の「裏側」

美容クリニックは、一般的な大手企業とは違う構造を持っていた。オーナーが医師であることがほとんどで、その考えが現場に直接反映される。

医師が決めた施術を、〇〇さんこれでお願いしますみたいな。回ってきた施術が、明らかにこの人に適応じゃないよなっていうものも、すごく多くありました。

高額な施術だから、回ってくる。業界の裏側を見てしまった、と吉田さんは振り返る。

自分が働いている意義みたいなところが、患者さんのためにっていうよりかは、クリニックの売り上げのために、っていう感じがしてしまって。そこからモチベーションが湧かなくなってしまいました。

現場で「売上重視」の風潮に違和感を覚え、「本当に患者さんのためになる美容医療がしたい」と悩むようになった。ここが、吉田さんの 2 つ目の転機である。

CHAPTER 03

「もう、他にない道を行こう」── 頭皮アートメイクとの出会い

美容医療の世界で、次に何を選ぶか。眉毛のアートメイクという選択肢もあったが、吉田さんはそこに踏み込まなかった。

当時も眉毛のアートメイクとかは、かなり飽和していたので、私がそこに参入しなくても、もっと上手い施術者の方はいるし、っていうところで考えていたら、頭皮アートメイクっていう施術を知りました。

すでに人がいる場所ではなく、まだ誰もいない場所へ。この選択の論理は、後に吉田さんが「開拓者」と呼ばれる所以につながっていく。

そんな中で出会ったのが、まだ日本ではほとんど知られていなかった「頭皮アートメイク」です。「この技術なら、髪に悩む方の人生を変えられるかもしれない」と感じました。

しかし、日本には学べる環境がなかった。次の選択は、さらに大きな決断を要するものだった。

CHAPTER 04

半年の逡巡、そして単身渡英

とある機関のブログで、英国バーミンガムに頭皮アートメイクの開発者がいることを知った。だが、そこから行動に移すまでには時間がかかった。

やっぱりその海外に一人で行くっていうのも初めてですし、しかもイギリスっていうのも 20 時間以上かかりますし、あとこうイギリスはポンドなんですけれども、その金額もめちゃくちゃ高いし。英語話してないので、通訳さんも自分でつけて。

半年間、悩み続けた。コツコツとアルバイトで資金を貯めながら、迷いは消えなかった。

このお金をかけて本当に行って学べるのかとか、頭皮アートメイクっていうものが、本当に需要があるのかも、当時は全くわからなかったので。とにかく行くと。とにかく行動ありきだと。

「今行かなければ後悔する」という想いで、吉田さんは飛び込んだ。

CHAPTER 05

通訳を連れて、開発者から直接学ぶ

渡英前、まずは 2 ヶ月かけてオンライン動画で頭皮アートメイクの知識を学んだ。実際にドットを打つ実技指導は、現地でしか受けられなかった。

現地では実際に 1 週間ほどしか滞在していなくて、あとは戻ってからひたすら人工皮膚とかマネキンとかにドットを打つという練習を繰り返していって。

現地で見た技術は、想像以上に繊細だった。まるで点描画のような自然な仕上がりに、吉田さんは衝撃を受けたという。指導を受けた師匠からは、施術の許可も得た。

けどそういう方、世界中にはたくさんいる感じで、日本にいなかったという感じですか。

インタビュアーの問いに、吉田さんは率直に答えた。

そうですね、ちょっとあんまりわからないですけども、まあ日本にはいらっしゃらないです。

以来、日本にも同じ道を歩んだ施術者がいたかどうかは分からない。それほどまでに、孤独な一歩だった。

CHAPTER 06

「開拓者」が持ち帰った、心を軽くする技術

帰国後、吉田さんが技術と並んで大切にしてきたのが、患者一人ひとりに向き合うカウンセリングだ。

基本的には 1 日の施術は 3 人までっていうふうにしていて、カウンセリングはだいたい 30 分から 1 時間ぐらいになります。

施術は主観に左右される。患者が目指すゴールと、施術者が考えるゴールを、少しでもずらさないための時間である。

やっぱりその頭皮アートメイク施術をして満足されたっていうのは、やっぱり患者さんの主観じゃないですか。少しでも認識の齟齬がないように、カウンセリングはかなり徹底をして、こだわってます。

そして、吉田さんが繰り返し語る施術の意味がある。

頭皮アートメイクは、ただドットを入れる施術ではありません。人前に出ることへの不安が減ったり、鏡を見ることが少し楽しみになったり、その方の人生や気持ちを前向きに変える力があると私は感じています。

女性の薄毛患者は全体の 9 割を占めるという。悩みは深く、しかし相談できる場所は少なかった。吉田さんは、その隙間を埋める仕事を続けている。

CHAPTER 07

国際舞台へ、そしてこれからの挑戦

2025 年、吉田さんは韓国で開催された国際大会「KART FAIR フェスティバル」に、日本代表審査員として参加した。かつて技術を学ぶために海を渡った吉田さんは、今、技術を審査する側に立っている。

現在、吉田さんの生徒は数名。北海道や大分など、全国各地で技術を受け継ぐ施術者が育ちつつある。一方で、日本の頭皮アートメイク業界は、まだ発展途上にある。

今、私がもっとも力を入れているのは、頭皮アートメイク技術の追求と、女性の薄毛治療のサポートです。日本ではまだ施術者数が少ない分野だからこそ、安全性や技術基準を高めていきたいという想いも強く、施術だけでなく技術発信や施術者育成にも力を入れています。

前例のない道を、一人で切り拓いてきた吉田さん。その歩みは今、次の世代へと引き継がれ始めている。

VOICES

名言

頭皮アートメイクは、ただドットを入れる施術ではありません。
「今行かなければ後悔する」という想いで、飛び込みました。
とにかく行くと。とにかく行動ありきだと。
今ある環境や支えてくれる人たちの存在を、当たり前にしてはいけない。

VOICE BEHIND THE VOICE

吉田さんの原音

対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。

「もうない道」を選ぶ理由

当時も眉毛のアートメイクとかは、かなり飽和していたので、私がそこに参入しなくても、もっと上手い施術者の方はいるし。

──美容医療の世界で違和感を覚えた吉田さんが次に選んだのは、すでに人がいる場所ではなく、まだ誰もいない場所だった。飽和した市場を避けるという判断は、消極的な逃避に見えて、実は自分の強みが最も活きる場所を見極める、極めて冷静な選択だったのではないか。この論理が、後に「開拓者」と呼ばれる吉田さんの原点になっている。

通訳をつけてでも、会いに行く

英語話してないので、通訳さんも自分でつけて。とにかく行くと。とにかく行動ありきだと。

──半年間悩み続けた末の決断は、完璧な準備が整ってからではなかった。英語ができないという弱点を、通訳という形で補い、それでも足りない部分は「行動」で埋めた。多くの人は不安要素をすべて解消してから動こうとする。吉田さんは、解消しきれない不安を抱えたまま、まず海を渡った。

「感動」という、静かな指針

今の幸せがあるのはこれらのおかげなので、それに感謝し、慣れて当たり前と思わない。

──メンターである友人から、渡航準備の時期に贈られた言葉。お客様の感動、自分自身の欲求、共に働く仲間の感動だけでなく、取引先や地域社会、数年後の患者の未来にまで目を向けること。医療の現場では、技術や効率が語られることは多くても、「感動」という言葉が指針になることは少ない。吉田さんの施術に流れているのは、その静かな例外である。

CLOSING

あの日の、一言

今の幸せがあるのはこれらのおかげなので、それに感謝し、慣れて当たり前だと思わない。

── 吉田 れいさんがメンターである友人から受け取った一言

これまでの人生で受け取った、忘れられない一言。収録現場では、今日のお話を経て、改めてこの言葉について問いかけた。

私が忘れられないと思っている一言は、メンターである友人に、頭皮アートメイクの看護師として生きていくと決意して、イギリスへの渡航準備を進めていた際にいただいた言葉になります。

渡英を決意し、準備を進めていた、まさにその時期に贈られた言葉だった。

その言葉が、お客様の感動、自分の欲求、一緒に働く仲間の感動、取引先などのステークホルダーの感動、ビジネスを置いてある地域の社会や働く人に対する感動、3 年後の顧客の感動。それらに配慮して、今の幸せがあるのはこれらのおかげなので、それに感謝し、慣れて当たり前だと思わない、といった言葉になります。

目を向けるべき相手は、目の前の患者だけではない。

今の現状を当たり前だと思いがちですが、やっぱりお客様の感動だったりとか、自分自身の欲求、共に働く仲間の感動だけじゃなくて、取引先だったりとか地域の社会、そして数年後の患者さんの未来にまで目を向けること。今あるこの環境を当たり前にしてはいけないという考え方を教えていただいて、それがすごく私の中で頭に残っている言葉になります。

そしてこの言葉は、患者が絶えず訪れるようになった今の日常でこそ効いてくる。

やっぱり今はかなりお客さんも患者さんも来てくれるようになりましたし、自分自身も技術を磨いていて、日常が当たり前に思ってしまう瞬間みたいなのもあります。でもやっぱり数年前と比較すると、数年前の自分って全然お客さんとかも数人しか月に来られなかったですし、やっぱり本当に今来て自分を信頼して、信じて選んでくれる患者様というのは、本当に当たり前じゃない。ものすごく大切にしないといけないなというのを、いつも立ち止まりながら考えるようにしています。

今ある環境を、当たり前にしない──前例のない道を一人で切り拓いてきた吉田さんが、立ち止まるたびに立ち返る一言である。