原点 ── 諦めて生きていた少年が、バイク王の社長に撃ち抜かれた日
かっこいい大人、という社名は、勇気がいる。自らハードルを上げているようなもので、どこかかっこ悪くなれない。金子がそう問いかけると、牛木さんは笑って「結構悩みました」と答えた。
しかし、その言葉の由来を聞けば、社名にするほかなかったことがわかる。
20 歳のとき、牛木さんはバイクの整備工場で働いていた。学生時代は「超ダメ人間」だったと本人は言う。勉強も部活も中途半端、バイクに乗って不良まがいの日々を過ごした。大学に行く頭もやる気もない。だからバイクの整備士になろうと専門学校を出て、川崎の整備工場にインターネットで「適当に」入社した。
その会社が、後にバイク王という名でテレビ CM を流し、全国展開する会社になるとは、入社当時の牛木さんには想像もできなかった。入社半年後、会社は上場した。
上場を前に、社長が工場に来た。金髪やパンチパーマの若者たちを前に、こう言った。
居酒屋で愚痴を言うようなかっこ悪い大人にはなるなと。夢に向かって挑戦するかっこいい大人になれ。
牛木さんは、ビビッときた、と表現する。
それまで人生諦めてどうせ俺なんてっていう風に生きてたんですよね、本当に。
諦めて生きていた 20 歳の少年が、目の前に現れた社長の言葉で「自分もいつかこんな社長になりたい」と初めて思った。高卒で営業だけで成り上がり、あれだけの会社を作った人が、パリッとしたスーツでオーラを放ちながら立っていた。ロールモデルが、目の前に現れた瞬間だった。
仕事で初めて褒められた ── 整備士から、営業の世界へ
バイク王での日々は、牛木さんを変えた。
整備の仕事で一生懸命頑張るうちに、初めて上司に褒められた。学校でも家でも、大人に褒められた記憶がなかった。だから、嬉しかった。もっと頑張って、評価されて、自信がついた。
あ、これ起業できるかもなみたいに思って。
ゼロから起業して成功したいなら営業ができなければならない──そう書かれた本を読み漁るなかで、24 歳のとき、ある「営業教育の会社」に出会った。ある分野で世界ナンバーワンになった営業マンが、自分のノウハウを教材とセミナーにして展開している会社だった。
セミナーに参加したら、内容に深く共感した。教材を買い、学んだことをそのまま実践したら、3 ヶ月でお店のトップセールスになれた。人と話すのが苦手で、人見知りだった整備士が、だ。
向いてたんじゃないですか? 営業。
金子にそう言われると、「ですかね」と照れながらも、牛木さんは続けた。
営業ってガッツと根性だけじゃなくてコツがあって、どのタイミングでどういう言葉を話すかとか、話し方とか、ヒアリングの仕方とかは全然知らなかったので。
コツを知った。結果が出た。そして 25 歳、2008 年。そのフランチャイズに代理店として加盟し、営業教育の教材販売で起業した。夢に向かって挑戦するかっこいい大人になる、その第一歩のつもりで。
売り上げゼロ、消費者金融、山手線二駅分を歩いた日々
しかし、現実は甘くなかった。
最初の 2〜3 年、売り上げはほぼゼロだった。貯金もなかった。消費者金融から借りて生活し、アルバイトをしながら事業を続けた。
山手線二駅歩いたりとかですね。電車代を浮かしたりとか。もうお昼ご飯おにぎり一つとか、もうそんな生活をしたりしてましたね。
ちょうどその頃、結婚もした。
一番きつい時ですね。本当に、結婚したわけでお金はなくて大変で、奥さんもアルバイトしたりしながらなんとかで、結構お金がなくて喧嘩することも多かったりして。
スタジオで川越が「奥さんの決断」を尋ねると、「男のロマンと女の不満」と苦笑いした。後に奥さんはこう言うそうだ。「あの時より全然生活は良くなったよね」と。
借金も膨らんだ。それでも、撤退は考えなかった。
起業したからにはこれで成功するか、もう借金で自己破産するか、どっちかだぐらいの覚悟でやってたので。
アルバイト先の営業では結果を出し、「社員にならないか。30 万出せる」と引き留められた。グラッとした。それでも、断った。諦めることがかっこ悪かった。 バイク王の社長の言葉が、まだ背骨の中に刺さっていた。
仲間の紹介から、日本一へ ── 5 年目の逆転
売れない 3 年間の中でも、牛木さんはひとつのことを続けていた。人と会い続けることだ。
2 年間、人とはいろんなところで会い続けてきたので、ちょっとずつ自分のことを応援してくれる仲間みたいな、同世代から年下から年上までいたので。
その仲間からの紹介でお客さんが増え、一緒に交流会やセミナーを開催し、互いに人を誘い合うようになった。3 年目から徐々に売り上げが上がり始め、4 年目でようやく生活できるくらいになった。
そして 5 年目、2013 年。全国 60 社のフランチャイズの中で、1 年前から「来年ここを抜こう」と計画を立て、仲良くしている仲間全員に「応援してね」と頼み回り、ついに年間日本一を達成した。
社長から「かっこいい大人になれ」と言われてから、13 年。
やっぱり数やること大事ですね。
日本一の成績を出した営業マンがそう言うと、言葉に重みがある。スキルよりも数。ただし、数をこなすためには、続けるための仲間が必要だった。無収入の 5 年間、牛木さんを支えたのは、技術でも商品でもなく、人との縁だった。
社長の言葉を、そのまま社名にした
日本一を取った同じ 2013 年 4 月、牛木さんは株式会社カッコイイ大人を設立した。
「かっこいい大人」という社名には、反対意見もあった。「恥ずかしい」「バカみたい」という声も聞いた。確かに、会社名で自らを律することになる。どこかでかっこ悪くなれない。
それでも、この名前にしたのには理由があった。
営業の成績はいいけれど人としてはどうなのか、という人たちを、牛木さんはずっと見てきた。お客さんのいないところで悪口を言う営業マン。店員に横柄な態度を取る経営者。部下の悪口を言う上司。売れているが、かっこ悪い。
売り上げあがってれば何でもいいのかみたいなのもあって。なんかこう、もやもやして。
20 歳で受け取った言葉が、ここで響いてきた。ただ営業を教える会社ではなく、かっこいい大人を育てる会社にしよう。だから社名は、バイク王の社長の言葉そのままにした。商標登録も取った。「かっこいい大人」という言葉を他の誰かに取られないように。
インパクトもあるし自分の原点ですし、もうそれだと社名やと。
名刺の裏面には、牛木さんが考え抜いた「カッコイイ大人八ヶ条」が刷られている。
カッコイイ大人八ヶ条 ── 迷ったとき、これで判断する
八ヶ条は、2018 年頃にある研修をきっかけに言語化が始まり、最初は七ヶ条だったものが一条増えて現在の形になった。
一、本気で挑戦し続けること。二、失敗しても諦めず自分を信じること。三、自分の人生を自分らしく楽しむこと。四、家族や仲間を大切にすること。五、誰に対しても謙虚な姿勢を持つこと。六、出会った人に勇気を与えること。七、時には社会の矛盾と戦うこと。八、その生き様はかっこいいか?
金子が一条ずつ丁寧に問いかけると、牛木さんは一条ごとに、自分の経験を重ねて語った。五条の「謙虚」は、傲慢な経営者や年下を見下す人を見てきたから。六条の「勇気を与える」は、リーダーたるもの落ち込んでいる人を励ませなければと思うから。
そして最後の八条は、判断の軸として置いた。
迷った時に、今の自分の生き様ってかっこいいかなとか、こっちの方がリスクあるけど生き方としてかっこいいよなとか、こっちは楽で儲かるけどなんかあんまかっこは良くないよなみたいな。そういうふうに考えるのを自分に課しているので。
そして、この八ヶ条を完全にクリアしなければ「カッコイイ大人」ではない、ということでもないと牛木さんは言う。
目指しているのがかっこいい大人。完璧な人はいないと思いますし、俺これ完全にできてるぜって人は、そうでもない気もする。謙虚さが足りない。
八ヶ条は、ゴールではなく、方位磁針だ。
交流会を、日本中に ── 会員 177 名から、500 名へ
事業の二本柱のひとつが、全国展開する「カッコイイ大人交流会」だ。
前半に牛木さんによるビジネスセミナー、全員の自己紹介、後半に立食の懇親会、という三部構成で、2013 年頃から毎月続けてきた。コロナで一時中断し、2022 年の再開以降はリアル交流会が減っていた市場の中でかえって参加者が増え、会員数が 100 名を超えた。
今は全国 12 支部が月 1 回の交流会を開催している。東京・千葉・大阪・福岡と広がり、支部長が牛木さんの代わりにセミナーを担当する仕組みで運営される。会員の多くは 30〜50 代の経営者や個人事業主。参加費は支部によって 4,000〜7,000 円程度で、会場の飲食代を含む。
自分の交流会なんて支部やりたい人誰もいないだろうって思ってたんですけど、意外と周りでやりたいやりたいって声があって。
「この八ヶ条を広めたくて支部をやりました」という支部長まで現れた。牛木さんは、オンラインではなく徹底してリアルにこだわる。人と直接会うことで生まれる紹介と信頼が、営業の根幹だという確信があるからだ。
今の目標は、会員 177 名を 500 名に増やし、支部をさらに拡大すること。
この八ヶ条のようなあり方を持った経営者・起業家が増えれば、どんどん日本の経済も良くなっていくし、そういう大人が増えれば、子供がもっと早く大人になりたいなとか、俺も大人になって社長になりたいなみたいな、そういう社会ができれば、日本がもっと元気になるんじゃないかなというふうに思っていて。
VOICES
名言
居酒屋で愚痴を言うようなかっこ悪い大人にはなるなと。夢に向かって挑戦するかっこいい大人になれ。
起業したからにはこれで成功するか、もう借金で自己破産するか、どっちかだぐらいの覚悟でやってたので。
迷った時に、今の自分の生き様ってかっこいいかなって考えるようにしているので。
そういう大人が増えれば、子供がもっと早く大人になりたいな、俺も大人になって社長になりたいなみたいな社会ができれば、日本がもっと元気になる。
VOICE BEHIND THE VOICE
牛木さんの原音
対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。
言葉を、社名にする
インパクトもあるし自分の原点ですし、もうそれだと社名やと。
──バイク王の社長から「かっこいい大人になれ」という言葉を受け取ってから、13 年後に社名にした。会社名はビジョンの宣言であり、言葉を看板に掲げることで自分が最もそれに縛られる。かっこ悪くなれない会社を作ることで、自らの背骨にしてしまう、という選択だ。目標達成の技術の話ではなく、人間の覚悟の作り方の話である。
売れていても、かっこ悪い
売れてはいるけど、お客様がいないところで悪口を言ったりとか、すごい店員さんに横柄な態度を取ったりとか。
──営業教育の世界に入って、牛木さんが最も違和感を感じたのは、成績と人間性が分離している人たちの存在だった。売り上げは立派な指標だが、それだけが人の評価基準になると、かっこ悪い大人が量産される。八ヶ条はこの問いから生まれた。「その生き様はかっこいいか?」という最後の問いは、売上の多寡ではなく、生き方の質を問う言葉だ。
社会の矛盾と、戦う
頑張ってるんだけど正当に評価されないとか、偉い人に気に入られてないから評価されないとか。そういうのを見た時に、自分も怒られたくないからってほっとくんじゃなくて、それおかしいんじゃないですかって言えるような大人になりたいなって。
──七ヶ条だったものが八ヶ条になったのは、この一条を最後に加えたからだ。バイク王の社長は「かっこいい大人になれ」と同時に「社会の矛盾と戦う大人になれ」とも言っていた。20 歳のときはピンとこなかった言葉が、30 代・40 代になってようやく刺さった。見て見ぬふりをすることこそ、最もかっこ悪いという確信が、この一条を八ヶ条に加えさせた。
CLOSING
あの日の、一言
今日ここまでお話しいただいて、改めておうかがいします。「あの日の、一言」として牛木さんが選んだのは、20 歳のときにバイク王の社長が言った言葉でした。
社会の矛盾と戦う大人になれ
「かっこいい大人になれ」という言葉は社名にまでなりました。けれども、同じ日に語られたもう一つの言葉──「社会の矛盾と戦う大人になれ」──は、七ヶ条だったカッコイイ大人八ヶ条の最後の一条になりました。20 歳のときにはピンとこなかった。30 代、40 代になるにつれて、周囲に目を向けるほど、この言葉の重みが増していったと牛木さんは言います。
頑張っているのに正当に評価されない人がいる。声を上げずに見過ごす大人がいる。おかしいと気づいても、怒られたくないから黙っている。そういう場面を前に、「それはおかしいんじゃないですか」と言える大人を増やしたい──それが今、カッコイイ大人交流会を全国に広げる原動力になっています。
かっこよくいるために何もしない、ではなく、かっこいいとはアクションを起こすことだと、20 歳のあの日の言葉は教えてくれました。