採用の専門家だが、出発点は陸上競技だった。
中学で陸上を始め、大学院まで13 年間部活を続けている。専門は短距離、400 メートル。筑波大学の体育系である。周りはすごい人たちばかりだった、と本人は言う。
大学院での研究テーマは運動力学。人はどうやって速く走るのかを、動作の観点から分析するというものだった。速い人には特徴のある動き方があり、そこからどういう動きをすれば速い人に近づけるかを見ていく。体が柔らかいほうが可動域が広く、一歩が長くなる、という話も出た。
そのまま研究を続ける道も、保健体育の教員になる道もあった。4 年生では教育実習にも行っている。
流れが変わったのは、大学院 2 年のときの疑問だった。
同級生が 4 年で卒業して教員になっていた。保健体育は教えられる。部活の指導もできるだろう。ただ、子どもの大多数は社会に出ていく。学校に戻ってくるのは、先生になるごく一部だけである。
では、社会を知らない自分が、生徒に社会や仕事について何を話せるのか。
学校という世界でずっと生きてきて、また学校に戻る。そう気づいて、まず社会を知ったほうがいいのではないか、と就職活動を始めた。教員採用試験も並行して受けている。
就職活動そのものが、すでに衝撃だった。初めて新橋に行って、こんなにビルがあるのかと驚いた。奈良から筑波へ、田舎から田舎に来てずっといたので、東京に出ることもなかったのである。
社会は広い。いろんな会社があり、いろんな人がいる。それを知るにつれて、まず社会に出るという選択が、自分にとっても、いずれ教えるかもしれない子どもにとっても良いのではないか、という気持ちが大きくなっていった。
三つの条件
会社選びの基準は、はっきりしていた。
一つ目は法人営業。いろんな人に接点を持てる仕事だと考えた。
二つ目は無形商材。形のあるものを売るなら、自分でなくても商品の性能で売れてしまう。営業として自分が介在する意味や価値を付け加えられるのは、形のないもののほうではないか、と。
三つ目は、経営者とやり取りができること。これも社会を知りたいという動機から来ている。
この三つが同時に叶うのが、たまたま出会った求人広告の会社──エン・ジャパンだった。
入社後は、就職サイトや合同企業説明会の営業を務め、その後は企画側へ、さらに新規事業の立ち上げへとキャリアが進む。11 年間、新卒採用支援に携わった。
辞め方が変わっていた。辞めてから次を考えたのである。転職先を決めてから辞めたのではなく、まず辞めますと言って辞めた。今の仕事をやりきってから、ゼロベースで次を考えたかったからだという。
辞めた後、なぜ辞めたのか、今後どうするのかと聞かれることが増えた。話しているうちに、頭の中が整理されていった。どこかの会社に入って人事をやる道もある。しかし、いろんな人とつながっていたい、外に出たいという気持ちのほうが強かった。
背中を押した言葉がある。営業時代、ある経営者にいろいろと教わり、お礼に食事をご馳走したいと申し出た。返ってきたのは、こういう答えだった。
教えて学んだことを次の代に伝えろと。それが俺に対する恩返しだ
お前が食っているものより何倍もいいものを食っているんだ、と一蹴されたうえでの言葉だった。
今が、一番採用しやすい
採用研究所の仕事は、大きく二つある。
一つは企業側。採用戦略を一緒に立て、採用に関わる人の研修を行う。もう一つは求職者側で、大学でのガイダンスや授業、キャリアセンター職員向けの研修、そして最近は保護者向けの講演もある。
人が採れないという声について、谷出さんは企業にこう伝えているという。
今が一番採用しやすいんですよ。
人口が減り、若い労働人口はこれから細っていく。今が苦しいと言っているが、今が一番良い。今からやっていかないと、5 年 10 年先はもっと厳しくなる。
では、選ばれる企業になるには何が要るのか。
まず、自社がどういう価値観を持ち、5 年後 10 年後にどんな会社を作ろうとしているのかを発信すること。これまでは、採用してやっているんだぞ、という空気があった。ホームページに書いてあるから見ているよね、説明会を 1 時間したから分かったよね、と。伝わったかどうかは二の次だった。発信しました、と言っても、聞いていませんと言われればそれで終わりである。
もう一つが、入社後にどんなキャリアを歩むのかが見えること。終身雇用が成り立たなくなり、希望退職やリストラのニュースが流れる。自分の会社がずっと続くとも限らない。
だから学生は、この 5 年 10 年でどんな経験ができるかを知りたがる。仮に会社がなくなったとしても、その経験が残るならそちらを選ぶ。とりあえず頑張ってくれれば雇用は確保します、という会社より、そちらが選ばれる。
副業や在宅ワークも同じ構造だという。今すぐやりたいわけではない。ただ、やりたくなったときにできる環境と選択肢がある会社を選んでおく、という発想である。
学校と社会は、ルールが違う
大学での授業の話が具体的だった。
4 月に大学 1 年生に向けてやったのは、入学して 2 週間ほどの時期である。大学に入ってやりたいことを書き出してもらい、それを友達とシェアする。すると、また新しくやりたいことが浮かぶ。人の話を聞くとやりたいことが増える、というのを最初に実感してもらう。
大学には全国から人が来て、専門性を持った先生がいて、世代もさまざまである。だから勇気を持って隣の人に話しかけてごらん、と伝える。
就活生への指導は、そこから入らない。まず、就活とはそもそも何をする行為なのかを整理する。
それをしないと、学生はテクニックに走るからだという。面接で何を話せば通過するのか。何を喋れば内定がもらえるのか。攻略本のような情報はいくらでもある。ところが、テクニックに走りすぎると企業のほうが落としていく。
学校と社会はルールや仕組みが大きく違うよと。
学校には正解がある。1 足す 1 は 2 であり、公式を覚え、ルールを暗記し、答えられたら 100 点で合格になる。
社会はっていうと別に正解はないんですよね。
相手が納得してくれるかどうかが大事になる。覚えてきたことを喋っても、伝わらなければ意味がない。人となりが分からなければ、よく分からないから不合格、とされてしまう。
判断の仕方も違う。学校は点数という客観だが、社会人は主観である。一緒に働きたい、感じが良さそう、この人となら上手くいきそう──すべて主観だ。
そして、一番の落とし穴として挙げられたのが役割の違いだった。
学生は消費者である。授業料を払って授業を受ける。お金を払ってサービスを受ける側だから、全部やってもらえるし、興味のあることだけやればいい。自分中心に考えてよい。
ところが社会人は違う。
消費者のまま面接に来ると、質問に出てしまう。どんな研修を受けさせてくれるんですか。営業はやりたくない、電話に出たくない、掃除もしたくない、自分のやりたいこととは違う──それは消費者の発想である。だから、学生っぽいね、という評価になる。
価値を提供して対価をもらい、その対価から皆の給与が払われる。価値を提供するには、まず相手の役に立つという貢献の視点が要る。いつまでにやりますと言えば、義務と責任が発生する。その上で権利が保障される、という順番になる。
だから企業は、その順番に興味を持って質問してほしいと思っている。誰にどんな価値を提供している仕事なのか。その仕事をするうえで、自社はどんな力を持っているのか。そう聞かれれば、教えたくなるし、育てたくなる。
Doing と、Being
やりたいことが決まらない、という学生についても聞いた。
決まっている人には、そこに向けて頑張ろうと言う。ただし、そこで終わらせない。先生になりたいのなら、どんな先生になりたいのかを考えてみようよ、と。専門性を持って教える先生もいれば、クラスの雰囲気を作って盛り上げる先生もいる。
決まっていない人には、二つに分けて考えてもらう。何をするか、という職業。そしてどんな大人になりたいかという、あり方のほうである。
職業のほうは、実のところ知っているか知らないかでしかない、と言う。知らない職業になりたいとは思えない。選びようがない。
もしかすると、明日出会う会社が自分にぴったりの会社かもしれない。
まだ出会っていないだけなのだから、いろんな人と話し、いろんな会社を知るという行動をすれば広がる。その感度は、大学 1 年から持っておいたほうがいい、と。
保護者向けの講演では、逆の立場から話す。友達親子と言われるように、縦より横の関係が増え、親も子の就活が気になる。そこで伝えているのは二点だった。
まずは就職活動の時の決断は必ず子どもにさせてください
社会には正解がない。就職も、家を買うかどうかも、結婚するかどうかも、決断のタイミングは次々に来る。その最初が就職である。ここで本人が決めたという経験をしないと、以降も親を頼ってしまう。しかし、どう考えても親のほうが先にいなくなる可能性が高い。
もう一点は、それまでの関わり方である。親としてではなく、一人の社会人の先輩として向き合ってほしい、と。どんな若手なら育てたいと思うか、どんな若手なら一緒に働きたくないと思うか。それがそのまま面接の指標になる。
運の強い人
終盤、金子一也氏が松下幸之助の採用条件を持ち出した。本にはあまり出ていないという 4 つである。運の強い人、愛嬌のある人、勉強を頑張れる人、説得力のある人。1 番目が運だというのが面白い。どうやって見分けるのかと聞くと、私が見たら分かる、と返ってきたのだそうだ。
採用のプロから見ても、当てはまるという答えだった。
社会人は客観的な数字だけで人を判断できない。このチームで成果を出したい、3 人集まれば 1 人の 3 倍以上のパフォーマンスが出る──そういう主観で動く。何をするかと同じくらい、誰と働くかが大事になる。愛嬌はそこに効く。成果を出すために学び続ける力も要る。
では運はどうか。いつ、どのタイミングでそのメンバーが出会うのかは、正直たまたまである。
学生にはこう話すという。大学に入るまでにいろんな同級生がいた。全員と親友になったわけではない。同じように出会っても、親友になる人、友達で終わる人、ただの同級生で終わる人がいる。違いは、出会ったあとにどう過ごしたかだけだ、と。
VOICES
名言
今が一番採用しやすいんですよ。
学校と社会はルールや仕組みが大きく違うよと。
社会はっていうと別に正解はないんですよね。
もしかすると、明日出会う会社が自分にぴったりの会社かもしれない。
VOICE BEHIND THE VOICE
谷出さんの原音
対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。
消費者では、なくなる
社会人は消費者じゃなくて生産者。
──就職活動で最初にハマる落とし穴は、テクニックではなく役割の違いだという。
学生は消費者である。授業料を払って授業を受ける。お金を払ってサービスを受ける側だから、全部やってもらえるし、興味のあることだけやればいい。自分中心に考えてよい立場だ。
社会人は生産者になる。価値を提供して対価をもらう。だから面接での会話も、あなたはどう貢献してくれるのかという形になる。消費者のまま来た学生は、何を研修してくれるのか、これはやりたくない、と質問してしまう。そこで、学生っぽいね、と見られる。義務と責任を果たしたうえで権利が保障される、という順番が入れ替わったままなのである。
たまたまを、必然にする
そのたまたまを自分のものに引き寄せるのか、たまたまで終わってしまうのかってたくさんあると思うんですよね。
──松下幸之助が挙げた採用条件の 1 番目が「運の強い人」だった。それは採用のプロから見ても当てはまる、という話の中で出てきた言葉である。
誰と、いつ出会うのかは、正直たまたまでしかない。運そのものは選べない。
分かれ目はその後にある。学生にはこう話すのだという。同じように出会った同級生の中に、親友になった人、友達で終わった人、ただの同級生で終わった人がいる。違いは、出会ったあとにどう過ごしたかだけだ、と。たまたまで終わらせるのか、必然にするのか──そこが分かれ目になる。
CLOSING
明日への誓い
私はですね、働く目的を「生き生きと働く人が増える社会を作る」というのを、社会人 3 年目の時に決めました。
その背景にあるのは、実は 2 年目に働きすぎて休職したんですね。1 ヶ月半完全休職をして、そこから 5 ヶ月リハビリをするような形で時短で働いていたんです。その休んでいる時に改めて、何のために働くのかな、何のために教員じゃなく民間企業に行ったのかな、というのを改めて考えたんです。その時に頭に思い浮かび、自分の腹に落ちたのが、生き生きと働くということだったんですね。
まずは自分が生き生きと働きたいというのもありますし、生き生き働くということを多くの人に体験をしてほしい。起きている時間の大多数、働く・仕事をするというのは社会人としては当たり前なんですけども、それがやっぱり、いやいや働くよりも生き生き働いて人生を充実させてほしいなと。
そのために何ができるのかなというふうに考えた時に、企業に対しては採用活動として。やっぱり自社に合う人を採用しないとお互い不幸になってしまう。生き生き働く人を増やすためには、企業の採用活動そのものをまず改善していくというのは必要じゃないかなと。そこで企業の採用というところにこだわりを持って今はやっています。採用だけじゃなくて、定着のための取り組み、研修というところも広げて今やっています。
もう一つは働く側ですね。求職者、学生であったり働く社会人の、働くということに対する捉え方や考え方というところもアップデートしていかないと、この世の中が大きく変わっている中、今までのように一つの会社に所属していれば安心だ、というところがだんだん言えなくなってきているので。働く側、特に働く前の学生に、働くことがどういうものなのか、働くというのがいかにやりがいのあることなのか。学生と話すとどうしても、働くって大変ですよね、社会人って懲役何年ですよね、みたいな話を学生から言うんですね。それはすごいもったいないなと。
なので働く側、特に働く前の学生に対する、キャリアを考える、就職活動を考える、そこを本質的に取り組んでいきたいなというところで、就職と採用の両面からアプローチを今やらせてもらっています。そういった取り組みを通じて、やはり生き生きと働く人が増える社会を作る、そこに貢献できるように、まずは自分も生き生きと働いていきたいなというふうに思っております。