CHAPTER 01

原点 ── 「弁護士になりたい」を、本人が一番忘れていた

政治学科に進んだ大学生は、最初から弁護士を目指していたわけではなかった。

「確かに大学生の時は政治学科だったので、最初は弁護士っていうのはそんなにイメージしてなかったんですね」

転機は、サークル活動に打ち込みすぎて就職活動に出遅れたことだった。自分の力で独立して仕事ができること、そして政治に関心があったこと──この二つが交わる場所を探した末に、たどり着いた答えが弁護士だった。

自分の力で独立してお仕事ができて、かつ政治に関心があったので、そこと政治とか行政に間接的にお仕事で関われる仕事で選んだ時に、弁護士っていうのはいいなと思って。

後に判明する話だが、田中さんは小学校の卒業アルバムに「将来は弁護士になりたい」と書いていたという。本人はそのことをすっかり忘れていた。周囲に弁護士がいたわけでもない。大学生になって自分で選び直した道が、幼い頃に書いた夢と、たまたま重なっていたのだ。

CHAPTER 02

苦節10年 ── 「就職氷河期」が後押しした、最難関への挑戦

田中さんが大学に入学したのは1996年、卒業は2000年。就職氷河期のただ中だった。

「私の方が大学入ったのが1996年で、卒業したのが2000年ですけど、就職雇用がその頃あんまり見通しが暗いんじゃないかということを言われていて」

見通しの暗さは、逆に最難関資格への挑戦を後押しした。当時、司法試験の受験者は年間5万人。合格者は1000人から1500人程度という狭き門である。渋谷のオフィスビルの一室、500人が詰めかける予備校の教室で、田中さんの受験生活が始まった。

しかし、合格までの道のりは平坦ではなかった。制度が移行する狭間の時期にあと一歩届かず、田中さんは大学院に進む道を選ぶ。

結局そこからもう一回大学院に行って、最終的には試験を受からせていただいたっていう感じですね。

10年という歳月、生活を支えたのは警備員やコールセンターのアルバイトだった。頭を使う勉強の合間には、体を使う仕事で息継ぎをする──多くの受験生に共通する生活だったという。合格後何年経っても、司法試験を再び受け直す夢を見続けた同僚たちの話は、この10年がどれほどの重圧だったかを物語っている

CHAPTER 03

合格後も、茨の道 ── 依頼のない日々と、土日返上の3年間

司法試験合格は、ゴールではなくスタートに過ぎなかった。1年間の司法修習を終え、卒業試験(いわゆる「2回試験」)にも合格して、田中さんはようやく弁護士として登録される。だが、待っていたのは順風満帆な船出ではなかった。

田中さんが弁護士登録をした2010年前後は、弁護士人口が急激に増加した時期と重なる。新人弁護士の就職は難航し、田中さんも例外ではなかった。

「なかなか高齢でして、特に手に特殊スキルがあるわけでもなかったので、結構就職苦労して」

ようやく東京・四谷のベテラン弁護士に拾われ、最初の事務所での日々が始まる。しかし、依頼を受ける事件数は少なかった。

「やっと合格して法律事務所入所したけれど最初は、なかなか依頼を受ける事件数が少なかったこと」

その後、現在所属する東京エクセル法律事務所に移ってからも、楽な日々ではなかった。数年間、土日も含めて働き続ける生活が続いた。司法修習の最終講義で受け取った一言が、この時期の田中さんを支えていた──その言葉については、後に改めて触れる。

CHAPTER 04

相続分野への転身 ── 自らも「当事者」になった経験

現在、田中さんが手がける案件は、相続事件がおよそ半分。残り半分が不動産・企業顧問・労働事件で、刑事事件も一部扱う。相続分野に強みを持つに至った理由は、自身の経験にあった。

「私自身が、自分自身もちょっと親族の関係の相続の事件、事件というか、相続の経験があって、相続の当事者の方の気持ちが比較的よく分かるかなっていうところもあります」

相続の依頼者は、ストレスを抱えていることが多いという。とりわけ、きょうだいとの関係性に起因する悩みは大きい。田中さんが評価されてきたのは、専門知識だけでなく、話をよく聞く姿勢だった。

よくお話を伺って、精神的な負担もやっぱりできるだけ軽くしたいと思っているのが、今のところを評価いただいていて。

紹介が紹介を呼び、相続案件は少しずつ増えていった。

CHAPTER 05

争族にしない、事前の備え ── 遺言書・節税・納税資金

「相続で揉めないために、事前にやっておいた方がいいこと」──田中さんが挙げたポイントは、遺言書の作成、節税対策、そして納税資金の確保である。

まず遺言書。財産額の多さが、揉める・揉めないを決めるわけではないと田中さんは指摘する。

比較的財産額が多いから揉めるとは限らない、という話がよくあって。中位とか中位ちょっと少ないぐらいでも、よく揉めるっていうのが東京でもあるみたいで。

金融資産は少なくとも、自宅の土地は「ぶつ切り」にできない。長男がその土地を相続すれば、他のきょうだいは「不公平ではないか」と感じる──こうした構図が、東京の相続でしばしば紛争の火種になるという。

次に節税対策。同じ1億円でも、現金と不動産では相続税の評価額が大きく異なる。

「土地が1億円時価であった方が、相続税の評価額って圧倒的に安くなりますね。預金は1億円なんですけど、土地は路線価っていうもので評価されるので」

そして納税資金の確保。現金が乏しく、相続税の支払いのために不動産を急いで売らざるを得なくなるケースは少なくない。急いで売れば、本来の価値より安く手放すことにもなりかねない。事前の備えが、後の選択肢の幅を左右する

CHAPTER 06

「誰かに、話を聞いてほしい」 ── AI時代に弁護士が担うもの

AIがこれだけ進化した時代に、弁護士の役割とは何か。田中さんはこの問いに、正面から向き合っていた。

「相続事件だとどうしても当事者にとってストレスがものすごいんですね。私自身もやっぱりちょっと自分の親の相続で1年2年、すごく心理的ストレスが多かった」

相続は、突き詰めれば「どちらが勝てば、どちらかが負ける」というゼロサムの世界だと田中さんは言う。適正な結論を導く努力はもちろん重要だが、それ以上に大切にしているのが、依頼者の心理的負担を軽くすることだ。それは、AIにも将来できるようになるかもしれない。しかし今のところは、と田中さんは続ける。

兄弟間とかで何か相続で揉めましたっていう時にAIが解決してくれるって言うんじゃ、やっぱりちょっと誰かに話を聞いてほしいですよね、やっぱり。

近年増えているのが、何十年も連絡を取っていないきょうだいの間に入ってほしい、という依頼だという。揉める・揉めない以前に、そもそも連絡を取ること自体が苦痛──そんな相談が、確実に増えている。

CHAPTER 07

次の一手 ── 総合的な相続対策と、異業種が集う勉強会

法律の知識だけでは、相続の現場にたどり着けない──田中さんはそう痛感している。遺言の有効性が争われたある著名な事件では、遺言作成時の本人の認知能力が争点となり、膨大な医療記録・介護記録の検証が必要になった。

「法律だけではなくて、事前の相続対策とかだとそれこそ不動産とか金融関係の知識もないといけないですし、事後的な問題の時もその医療とか介護とかそういった知識もやっぱり必要になってくる」

だからこそ田中さんが今、最もエネルギーを注ぎたいと考えているのが、税務・不動産・金融商品・生命保険・医療・介護まで分野を横断する、総合的な相続対策の提供である。とりわけ税務の知識は、一層深めていきたいという。

もう一つ温めている構想が、異業種の専門家を集めた勉強会だ。トピックとなる事案を持ち寄り、互いに解説し合う場をつくりたいと考えている。法律の条文は数日で頭に入っても、その背後にある専門知識の蓄積こそが、弁護士としての専門性を分けるのだと田中さんは語る。

VOICES

名言

自分の力で独立してお仕事ができて、かつ政治に関心があったので、弁護士っていうのはいいなと思って。
私自身も親族の関係の相続の経験があって、相続の当事者の方の気持ちが比較的よく分かるかな。
比較的財産額が多いから揉めるとは限らない。
兄弟間で相続で揉めた時にAIが解決してくれるって言うんじゃ、やっぱりちょっと誰かに話を聞いてほしいですよね。

VOICE BEHIND THE VOICE

田中さんの原音

対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。

10年、届かなかった一歩

結局そこからもう一回大学院に行って、最終的には試験を受からせていただいたっていう感じですね。

──司法試験の受験生活は10年に及んだ。制度が移行する狭間で、あと一歩のところで届かなかった年もあったという。田中さんはそこで諦めず、大学院という迂回路を選んだ。合格した弁護士の何人もが、その後何年もの間「もう一度試験を受ける夢」を見続けたという逸話は、この10年がどれほどの重圧だったかを静かに物語っている。

揉めるのは、財産の多さではない

比較的財産額が多いから揉めるとは限らない、という話がよくあって。

──相続争いと聞くと、莫大な資産を持つ家庭の話だと思いがちだ。しかし田中さんが現場で見てきた現実は逆だった。東京の、ごく普通の家庭。金融資産は多くないが、実家の土地だけが残る。それを「ぶつ切り」にできないというただそれだけの理由で、きょうだいの関係にひびが入る。財産の額ではなく、分けられないという構造そのものが、争いの種になる。

AIが解決しても、人は話を聞いてほしい

兄弟間で相続で揉めた時にAIが解決してくれるって言うんじゃ、やっぱりちょっと誰かに話を聞いてほしいですよね。

──相続は突き詰めればゼロサムの世界であり、適正な結論を導く作業はAIにも代替できる部分があるかもしれない。だが田中さんが依頼者と向き合う中で確信しているのは、心理的な負担を軽くするという役割は、今なお人間にしか担えないということだ。何十年も口をきいていないきょうだいの間に入ってほしいという依頼が増えているという事実が、その確信を裏付けている。

CLOSING

あの日の、一言

ひととおり話を伺ったところで、収録現場では改めて田中さんに問いかけた。これまでの人生で受け取った、忘れられない一言はありますか。

田中さんが挙げたのは、司法修習の最終講義で、刑事弁護を担当していた教官からもらった一言だった。

3年間は脇目を振らず、弁護士の仕事に向き合ってみなさい。

弁護士登録直後、最初の事務所では依頼の少ない日々が続き、正直なところふてくされていた時期もあったと田中さんは振り返る。しかし現在の事務所に移ってからは、この言葉を胸に、土日も含めて働き続けた3年間があった。

弁護士になって10年余りが経った今、田中さんはこの言葉を、再び自分自身に向けている。今の自分は、あの時のように仕事に向き合えているか──そう問い直す心境にあるという。頑張ることがコストパフォーマンスで測られがちな時代だからこそ、若い世代にも伝えたい言葉なのだと、田中さんは静かに語った。