CHAPTER 01

原点 ── ペンキまみれの日当 8,000 円

YouTube で「家電せどりこうじ」として知られる武田さんの社会人生活は、屋根と屋上の上から始まった。

地元が神奈川県の相模原市ということで、やっぱりですね少しやんちゃな地域なんですよ。

周りの友人や先輩たちは、体を使って働く職人の道に進む人が多かった。武田さんもその流れに乗り、防水工事と塗装の現場に入った。

毎日ペンキまみれになってました。

もともとの夢は、プロサッカー選手だった。4 歳でボールを蹴り始め、中学・高校は町田ゼルビアでプレーした。「あと少しでプロになってたかもしれない」と振り返るほど、体を動かすことには自信があった。

頭を使うってことがすごく苦手だったので、逆に体を使うというところを全面的に出してやってきたという感じですね。

そう笑う人物が、のちに「情報」を武器に年商 20 億円規模の事業を築くことになる。その落差こそが、この日の対話のいちばんの面白さだった。

CHAPTER 02

睡眠 3 時間 ── 寝る時間を惜しんだ日々

20 歳のとき、転機が訪れる。現在の妻の妊娠がわかり、結婚した。日当 8,000 円で月に 25 日ほど働いて、月収はおよそ 20 万円。家族を持つには、もう少し稼ぐ必要があった。

武田さんが選んだのは、働く時間を増やすことだった。

朝の 5 時に職人行ってヘトヘトで帰ってきて、18 時 19 時ぐらいになってしまうんですけど、その後にそのまま夜勤の職人に行くか、夜パチンコ台の設置のバイトっていうのをやったりとかしたんですよ。

睡眠時間を尋ねられて、武田さんは淡々と答えた。

3 時間とか 4 時間くらいの睡眠時間でした。

大丈夫だったのか、と聞き手が思わず身を乗り出す。

大丈夫かどうかで言うと大丈夫ではなかったんですけど。

高所の作業もある現場で、眠気は命取りになる。それでも眠くならなかった理由を、武田さんはこう明かした。厳しい縦社会で、「先輩怖すぎたので、そういうのは一切なかったです」。スタジオは笑いに包まれたが、その裏にあるのは、体力と気合だけで家族を支えようとした 20 歳の必死さである。

しかし、限界は近かった。

夜その肉体労働では厳しいなと思って、何かできないかなと思って、副業としてこのせどり物販っていうのを始めてみようと思った。

体を削って稼ぐ働き方から、頭を使って稼ぐ働き方へ。武田さんの人生の向きが、ここで変わり始める。

CHAPTER 03

ロックダウンの家電量販店で、「これだ」と思った

「せどり」という言葉を、武田さんは驚くほどシンプルに説明する。

安く仕入れて高く売る。これがもう本当にせどりと言われているものになります。

たとえば新しい iPhone が出れば、旧モデルは値下がりする。家電も同じで、新モデルの登場で旧モデルは安くなる。一方で、多くの消費者はそこまで型番やモデルの違いを気にしていない。その価格差をうまく使うのが、このビジネスの基本だという。

決定的な出会いは、新型コロナウイルスの感染拡大で世の中の店舗が次々と閉まった時期に訪れた。たまたま足を運んだ家電量販店で、思いがけない相談を受けたのだ。

新しいモデルの電子レンジがたくさん入ってきてしまってるから、古いモデルの電子レンジを全て買ってほしいと言われたんですよ。その商品をすべて一括で仕入れた時にすごい利益が出たんですよ。

これだと思って、と武田さんは続けた。そこから猛勉強が始まった。

物販にはさまざまなジャンルがある。その中でなぜ家電を選んだのか。答えは明快だった。

やっぱり家電製品って一番世の中で高いですから、そしたら一番高いということは価格差が取りやすい。

CHAPTER 04

家電は、量販店でしか買えない

武田さんの話には、聴き手 2 人が「知らなかった」と声をそろえる場面がたびたびあった。そのひとつが、家電の流通構造である。

家電製品だけは家電量販店に行かないと買えない時代なんですよ。

コンビニやドラッグストアで何でも買える時代にあって、いい家電を買おうと思えば、人は家電量販店へ向かう。だからこそ駅前の一等地には、必ず家電量販店がある。量販店がそれだけ儲かっているなら、そこから仕入れれば利益を出せるはずだ──これが武田さんの出発点だった。

僕らみたいな二次販売業者が入ることで、非常に安く仕入れることができて、世の中にさらに商品を広がらせることができるというのが、このビジネスの基本になってくるかなというところです。

では、仕入れた商品はどこへ行くのか。川越は、Amazon やメルカリで個人に売るのだろうと想像していた。実際は、主に企業向けの取引である。大手ホームセンターに商品を納める会社や、ネット通販の家電部門で大きな売上を持つ会社など、年商何百億、何千億円規模の商社が、武田さんの会社から仕入れていく。

1 月で 1 億 2 億の物量が集まったとしても、本当次の日にはトラックに乗って行ってしまってるので。

誰もが知るメーカーの製品だからこそ品質は保証されていて、中小企業でも大手と取引ができる。保証はメーカーがしっかりつけているため、販売後のクレームもほとんどないという。資金の回転も速い。聞けば聞くほど、理にかなった仕組みだった。

CHAPTER 05

誰もが見ている情報が、宝の山になる

同じことを考えた人は、きっとたくさんいたはずだ。なぜ武田さんは成功できたのか。金子の問いに、武田さんはまず 2 つの言葉を挙げた。

やっぱり若さに勝るものはないなと。あとは行動力ですよね。

日当 8,000 円だった自分にとって、1 個買うだけで 1 万円、2 万円の利益が出る商品は、それだけで大きな意味を持った。

そこに対するバイタリティというか行動力っていうのは誰にも負けないんですよ。

そして、もうひとつの武器が情報である。金子は当初、特別な裏情報を握っているのだろうと考えていた。武田さんの答えは、その予想を軽やかに裏切った。

皆さんが普通に右から左に流してる情報っていうのが、僕らにとっては大きなお金になってくる。

ネットニュースの「エアコンの値段が上がります」という小さな記事。ある企業の株価の急上昇。その裏では、その企業の商品の値上がりが起きている。定価が上がるまでには、公表から時間がある。その間に仕入れておけば──しっかり考えれば分かることを、多くの人は気にも留めていない。

逆に今世の中に隠されてる情報っていうのは少ないんじゃないかなぐらい出てます。

家電を安く買いたいリスナーへのアドバイスも、実践者ならではだった。巷でよく言われる「何月は洗濯機が買い時」といった話については「それはないかなと思います」とさらりと否定し、一等地に構える家電量販店で値段交渉をするのがいちばんだと勧める。

それこそ値段交渉は悪だって思ってる人多くないですか。

せっかく同じ商品を買うなら、少しでも安く買った方がいい。お金がなかった時代が長かったからこそ、1,000 円でも 500 円でも、自分の時間の価値を上げたい。その感覚が、今も武田さんを動かしている。

CHAPTER 06

メイドインジャパンには、まだ大きなチャンスがある

家電の最前線にいる武田さんの目には、日本のものづくりの現在地も映っている。

高価格帯のカメラは、どんどん海外へ流れていく。娘 2 人の運動会に行っても、10 万円を超えるようなカメラを持っている保護者はほとんど見かけないのに、量販店ではどこも品薄だという。国内でよく動くのは、炊飯器や洗濯機、ドライヤーなど。そして今後の注目株として挙げたのが、日本メーカーのエアコンだった。世界的に暑さが増す中で、海外への輸出が伸びていくと見る。

日本製が一番いいですよね。もう圧倒的に日本製が間違いなくいいかなと。

ただし、品質の良さがそのまま売れ行きにつながっているとは限らない。その理由を、武田さんは率直に語った。

いい経営者がいないのか、やっぱそこを売ってくる人がいないのかっていうようなところで。

それでも、メイドインジャパンにチャンスはあるのか。金子の念押しに、武田さんは即答した。「めちゃめちゃあると思います」。

武田さん自身は、家電の新品に絞り込む「一点突破」を貫いてきた。同じやり方で日用品を扱っていたら、年商は 10 分の 1 にも届かなかっただろうという。中古家電の市場にも伸びしろはあると認めつつ、今は新品に集中する。その結果、事業は 6 年で年商 20 億円規模に達した。

もう下がったことは 1 回もないですね。

しかも、正社員はわずか 4 人。その秘密は、次に語られる WCKサロンの仕組みにあった。

CHAPTER 07

全国の仲間が、仕入れのネットワークになる

WCKサロンは、会社員などが本業の給料とは別に、月 5 万円でも 10 万円でも副業で収益を上げていくためのコミュニティである。

僕がもう昔やってたこの職人の後に、アルバイトで時間を使って疲弊するんじゃなくて、自分で頭を使ってビジネスを少しでもやっていきましょうっていうのが、このWCKサロンのコミュニティの内容にはなってます。

6 年目を迎え、YouTube などを通じて武田さんに教わりたいと入会した人は 1,000 人を超えた。

ノウハウを広く教えれば、ライバルが増えて自分の事業に響くのではないか。聴き手が素朴な疑問を投げかけると、武田さんは市場の大きさから答えた。家電の市場規模は何兆円にものぼり、自分たちが占めているのはまだごく一部にすぎない。そして会員は、北海道から沖縄まで全国にいる。

弊社で従業員にお金を払って、わざわざ税金とかを払って雇用するよりかも、こっちの方が圧倒的にパフォーマンスがいいんですよ。

会員は自分で出した利益がそのまま自分の収入になるため、モチベーションも高い。仕入れた商品の出口は、武田さんの会社が一括で引き受ける。自身の顔が大きく入った看板を掲げる店舗「情熱買取こうじ」も展開している。個人の副業と会社の事業が、同じ方向を向いて回っていく設計である。

入会者の顔ぶれも変わってきた。先日面談した人は、大手不動産会社に勤める年収 2,000 万円以上の会社員だった。先輩たちのリストラや給与の減少を目の当たりにして、今から副業を始めようと決めたのだという。

これからは副業の時代かなと。

物価高が進む中、当たり前だと思っていることが当たり前ではなくなっている。一方で、子どもの修学旅行の費用が足りない、習い事を増やしてあげられないと悩む人も多い。サロンには、シングルマザーなどさまざまな事情を抱えた人たちも集まっている。

本当に 30 分でも 1 時間でもそういった時間をぜひちょっと僕の YouTube 見るとか、他のいろんな経営者の人たちの YouTube 見るとか、それこそこのラジオを聞いていただいてもいいと思うんですけど、そういった時間を使って、自分のモチベーションを上げて行動につなげてもらいたいなっていうのはすごい思います。

かつて寝る時間を削って働いた青年は今、誰かの 30 分を、人生を変える時間に変えようとしている。

VOICES

名言

やっぱり若さに勝るものはないなと。あとは行動力ですよね。
皆さんが普通に右から左に流してる情報っていうのが、僕らにとっては大きなお金になってくる。
日本製が一番いいですよね。もう圧倒的に日本製が間違いなくいいかなと。
副業は、お金を増やすだけではなく、人生の選択肢を増やすもの。

VOICE BEHIND THE VOICE

武田さんの原音

対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。

寝る時間を惜しんだ 20 歳

3 時間とか 4 時間くらいの睡眠時間でした。

──20 歳で家族を持った武田さんが最初に選んだのは、働く時間を増やすことだった。朝 5 時から職人、夜は夜勤やパチンコ台の設置。成功者の語る下積み話は美談になりがちだが、武田さんは「大丈夫ではなかった」と飾らずに振り返る。この限界を知っているからこそ、今の武田さんは「体を削る働き方」から抜け出す道を、サロンの会員たちに示そうとしているのだと思う。

宝の山は、すでに目の前にある

逆に今世の中に隠されてる情報っていうのは少ないんじゃないかなぐらい出てます。

──成功の秘密を聞けば、特別なルートや裏情報が出てくるものと誰もが思う。武田さんの答えは、拍子抜けするほど開かれていた。ネットニュースの一行、株価の動き、量販店の値札。材料は、すべての人の目の前にある。違いを生むのは、それに興味を持ち、意味を考え、動くかどうか。「頭を使うのが苦手だった」と語る人物が、誰よりも情報を読み解く人になった。そこに、この日の対話のいちばんの希望がある。

人生が変わったのは、最初の一歩の日

僕も昔くすぶってたんで、なのでそういった一歩から皆さんの選択人生っていうのは本当に変わるので、諦めないでもらって、ぜひ稼いでもらいたいなと思います。

──月収 100 万円、年商 20 億円、会社売却。武田さんのキャリアには、目を引く数字が並ぶ。けれど本人が人生の転機として挙げるのは、そのどれでもない。日当 8,000 円だった自分が「やってみよう」と動いた、あの日である。かつて自分の人生を変えるために始めた家電せどりは今、誰かが人生を変えるきっかけをつくる仕事になった。30 歳の起業家は、最初の一歩の価値を、誰よりも知っている。

CLOSING

あの日の、一言

収録の最後、改めて問いかけた。これまでの人生で受け取った、忘れられない一言は何ですか。

「人生は、行動した日から変わり始める」

これは、誰かから教わった言葉ではありません。日当 8,000 円の職人だった自分が、家電せどりを知り、「やってみよう」と初めて動いた経験から生まれた、自分自身の言葉です。このビジネスを始めた頃から、この言葉を持って日々行動してきました。

人生が変わったのは、月収 100 万円になった日でも、年商 20 億円になった日でも、会社を売却した日でもありません。振り返れば、最初の一歩を踏み出した日から、人生は変わり始めていました。

人間は毎日、行動を選択していると言われています。その選択を、ぜひ浪費に使うのではなく、自分のスキルを上げるための自己投資に変えてもらいたいと思います。

僕も昔はくすぶっていました。だからこそ、今くすぶっている方にも、諦めないでほしい。副業は何でもいいので、まず一歩を踏み出してほしい。そして、そのお金を子どもや家族のために使って、日本がもっと明るくなるようにしていただきたいと、本当に思っています。

昔は自分の人生を変えるために家電せどりを始めました。今は WCKサロンを通じて、同じように一歩を踏み出す人を増やしていきたいと思います。