「きびる」は、博多の方言で「結ぶ」を意味する。

祖母の世代は日常的に使っていた。紙をきびる、新聞をきびっとって、というふうに。

屋号に込めたのは、その言葉に「行動」を足したものだった。人や街を結びながら、行動を起こす。だから kibi-ru ACTION である。

一人の男性の、ショルダーバッグから

扱っているのは主に手織りの布、それも海外の民族衣装である。中米、タイ、インド、ブータン──各国の少数民族の布が並ぶ。

ところが、最初からそうだったわけではない。

バッグ作りの出発点は、子どものバッグを作ったことだった。当初はナチュラルな生地を使っていた。

転機は、あるイベントだった。とても綺麗な生地のショルダーバッグを持っている男性がいた。その生地はどこで手に入れたのか、と尋ねた。

最初は渋られた。それでもしつこく聞いた。

ようやく教えてもらった店をたどっていくと、行き着いたのがフィリピンの民族衣装だった。そこが入り口になった。

そして深掘りしていくうちに、織物には一つひとつストーリーがあることを知る。フィリピンからタイ、インドへと広がっていった。

買い付けに、行かない

この仕事で最も意外な事実が、ここで明かされた。

実はこの仕事を始めて海外に買い付けに行ったことは一度もないですね

仕組みはこうである。フィリピンの民族衣装を扱い始めると、

「うちにこういう生地があります」という連絡が来るようになった。

国内には民族衣装のコレクターがたくさんいる。趣味で集めている人も、仕事で集めている人もいる。うちはタイを扱っています、うちはラオスです、と向こうから情報が届く。

だから、まずコレクターのところへ布に会いに行く。そしてピンときたものを買い付ける。海外へ行かずに、いろいろな国の古い生地が国内で手に入る。

おいしいとこ取りと言いますか、と本人は笑った。

選ぶ基準は二つある。ひとつはバッグに向く素材かどうか。薄すぎると難しい。もうひとつがインスピレーションで、これをバッグにしたら絶対に綺麗になる、というものを中心に集める。

そして三つ目に、背景がある。迷った布でも、そこに込められたストーリーを知って使うことがある。

丸めて、頭に巻く

印象的な例として挙げられたのが、フィリピンのタウスグ族の織物だった。

幾何学模様の美しい織物である。女性たちが夫の晴れの日のために織る。模様の一つひとつに、勇気を表す柄、愛情を表す柄、幸運を表す柄が散りばめられている。

では、その複雑で手の込んだ織物をどう使うのか。

丸めて、頭に巻く。

柄はほとんど見えなくなる。思いを込めて織られたものが、そういう使われ方をする。そこに驚いた、という。

本を一冊ずつ読んでいるような感覚で、 布を仕入れていくっていうのがありますね

日本の生地も使っている。青森のこぎん刺しを取り入れたもの。伊勢崎の銘仙、それも併用絣という伊勢崎にしかない織物を使ったバッグ。

制作は手作業である。買い付けた布を自分でデザインし、「縫い子さん」と呼ぶ女性たち数名で手分けして組み立てる。集中すれば 1 日にいくつかできるものもあれば、1 週間に 1 個というものもある。

端切れを、捨てられなかった

貴重な布を使うので、裁つと端切れがたくさん出る。それを捨てられずに、ずっとストックしていた。

5 年ほど前、これも商品にできないかと考えた。そこで声をかけたのが、以前から一緒に仕事をしたいと思っていた障害者支援施設だった。

ただし縁もつてもなかった。福祉のことも知らなかった。

飛び込みでお願いしに行きました

最初はぽかんとされたという。

協業の形も具体的だった。施設の人たちが担うのは、端切れをもう一度「布」に戻す工程である。細かい端切れを一枚の生地に貼り合わせていく。その生地を使って、コースターやバッグ、大きなバスケットなどを作る。

できあがるまでどんなものが上がってくるか分からない、というのが面白いところだという。彼らのセンスがそこに出る。

全てチーム戦で取り組んでいくっていう

バッグ屋に見えて、実は結ぶ作業の集合体である。屋号の意味が、ここで形になっていた。

遺品を、バッグにする

近年始めたのが、遺品のリメイクだった。

きっかけは順序が逆である。持ち込みの生地でもリメイクします、と声をかけたところ、集まってきたものが遺品ばかりだった。

着物。母親の帯。亡くなった父が着ていたシャツ。しまってあるが、この後どうしていいか分からない、という声が多かった。

それをバッグにして、普段使いしてもらう。もともと公にはしていなかったが、要望が多いため、この春から正式なサービスにした。

着物をコートやジャケットにリメイクしてほしい、というリクエストも増えており、現在取り組んでいる最中だという。着物のままでは着る機会がなく、かといって捨てるのも忍びないという需要がそこにあった。

オンリーワンの、バッグ

これからどんなバッグが求められるか、という問いへの答えも明快だった。

その人のオリジナルのバッグを提供したいと思って

物が豊富な時代だからこそ、その人のライフスタイルや思いに合わせたオーダーメイドが増えていくのではないか、と。

薄い生地でも加工してバッグに耐えられるようにする技術は、10 年作り続けて身につけた。だから持ち込みの生地にもなるべく応える。

スタジオに持参された新作は、銘仙のバッグだった。赤と黒の生地を貼り合わせ、持ち手はイタリアの牛革。バッグメーカーとのコラボレーションである。

形についての説明が、この人らしかった。

丸いのは女性の柔らかさを表現していて

加えて、角がないほうが生地を傷めにくいという実利もある。だから丸いものが多い。

選び方についても、こう言った。

本当に自分にピンときたものというか

生地の物語、色との相性、そして国との相性。タイのものが欲しかった、と言う客もいる。そういう縁のようなものを感じるものを手に取ってほしい、と。

100 年前の布と、これからの布

扱っているのは主に古い生地である。60 年、70 年、中には 100 年前のものもある。

皮肉なことに、そうした古い布は現地に行っても手に入らない。すでに作られていないからである。それを見つけてくるのがコレクターであり、だから国内で揃う。

織り手はどの国でも減っている。今作られているものは販売用なので、昔に比べて簡素化していたり、織っていたものがプリントになっていたりする。

そこで、もうひとつの仕入れ方針があった。取引先であるタイやグアテマラでは、現地の子どもたちに織りや刺繍を学ばせて次へつなぐ動きがある。そういう支援につながる先から生地を取り寄せることを、店の特色のひとつにしている。

100 年前の布と、これから育つ手が作った布を、ひとつのバッグに組み合わせることもある。

グアテマラには 100 から 200 種類の民族衣装があるという。アフリカでは、マリの泥染め(ボゴラン)を集めている。

日本の状況も同じだった。職人の高齢化が進む一方で、若手が引き継ぐ動きもある。ただ、手仕事で作られたものはどうしても値が張る。ファストファッションが並ぶ中では手に取りづらい。

それでも、と本人は言った。

お買い物は投票と言いますのでね

身近な一歩として勧められたのは、自分の街の伝統に目を向けることだった。そこにあるものを取り入れたものを、身近に置いてみる。そこから興味は深まっていく。

最後に、今後扱いたいものを尋ねられて挙げたのは、タイやグアテマラで今まさに刺繍や織物を習っている 10 代後半の少女たちの作品だった。

家の仕事の合間に覚えている最中である。頑張る子は 1 年ごとに上達していく。その手から生まれた布を、いつか自分の手でバッグに仕上げられたら、と。

VOICES

名言

実はこの仕事を始めて海外に買い付けに行ったことは一度もないですね
本を一冊ずつ読んでいるような感覚で、 布を仕入れていくっていうのがありますね
全てチーム戦で取り組んでいくっていう
お買い物は投票と言いますのでね

VOICE BEHIND THE VOICE

嶋野さんの原音

対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。

買い付けに、行かない

実はこの仕事を始めて海外に買い付けに行ったことは一度もないですね

──アジア・中米・アフリカの民族衣装を扱いながら、現地へ仕入れに出たことがない。フィリピンの布を扱い始めたところ、「うちにこういう生地があります」という連絡が国内から届くようになったからである。

日本には民族衣装のコレクターが少なからずいる。趣味の人も、仕事の人もいる。だから、まずコレクターのところへ布に会いに行き、ピンときたものを買い付ける。おいしいとこ取りと言いますか、と本人は笑った。

これは偶然ではなく、必然でもあった。扱うのは 60 年、70 年、時に 100 年前の古い布である。そうした布は現地に行ってももう手に入らない。すでに作られていないからだ。見つけてくる人がいるところに、布は集まっていた。

本を一冊ずつ、読むように

本を一冊ずつ読んでいるような感覚で、 布を仕入れていくっていうのがありますね

──布を選ぶ基準は三つあった。バッグに向く素材かどうか、これをバッグにしたら綺麗になるというインスピレーション、そして背景のストーリー。迷った布でも、背景を知って使うことがある。

例として挙がったのがフィリピン・タウスグ族の織物だった。女性が夫の晴れの日のために織り、勇気・愛情・幸運を表す柄が散りばめられた幾何学模様。ところがその使い方は、丸めて頭に巻くというもので、柄はほとんど見えなくなる。

同じ姿勢は仕事全体を貫いていた。端切れは捨てず、障害者支援施設と組んでもう一度「布」に戻す。遺品の着物やシャツは、日常で使えるバッグに変える。「全てチーム戦」という言葉どおり、屋号の「きびる(結ぶ)」は制作そのものの構造でもあった。

CLOSING

明日への誓い

私が取り組んでいるのは、世界の伝統的な布や民族衣装を使ったバッグ作りと、大切な思い出が込められた遺品のリメイクサービスです。どちらにも共通しているのは、思いのあるものを未来につなぐということです。

なぜ私が古い手織りの布や遺品にこだわるのかというと、それは、女性たちに自由で自分らしい生き方をしてほしいという願いがあるからなんですね。

実はこの活動の背景には、私自身の経験があります。私は九州・福岡の出身なんですが、九州といえば亭主関白なんて言葉を聞いたことがあるかもしれません。家庭では男性優位な土地柄の中で、いつの間にか「女性はこうあるべき」という考えに縛られて生きてきました。

50 代を迎えてこれまでの人生を振り返る中で、自分を犠牲にしすぎたり、周りに合わせすぎたりして、本当の自分を置き去りにしてしまったな、ということに気づいてしまったんです。

私たちの世代は、家庭や仕事、そして社会の期待に応えながら生きてきた人が多いのではないでしょうか。でも、これからの人生は自分を心の真ん中に置いて、自由に生きたいと考えるようになったんですね。

私が作るバッグには、世界各地の少数民族の女性たちが手仕事で紡いだ布が使われています。その布には彼女たちの力強い生き方や美しさが宿っていると思っています。そしてそれを手に取る私たちも、身につけるたびに自分の中に眠る強さを感じられるのではないかと思っています。

実際にお客様の中には、お守りのようにバッグを持ち歩いているとおっしゃる方や、気分が落ち込んでいるときこそ使いたい、と話してくださる方もいらっしゃいます。

私たちのバッグは何度でも修理に対応していまして、長く使い続けられるようになっています。というのも、物を大切にすることは、ただ環境に優しいだけでなく、自分自身の暮らしや生き方を見直すきっかけにもなると考えているからなんです。

これからはもっと、自分の心に正直に、自分らしく生きる女性を増やしたい。私はこの仕事を通じて、同じ世代の女性たちが心軽やかに前に進むための一歩を応援したいと思っています。そして私自身も、自分らしく生きることを諦めない女性であり続けたいと思っています。