ダボスの国際会議 ── 世界のリーダーが聞いた、「日本の老舗」という奇跡
今年のダボス会議期間中、大山美和さんは世界のビジネスリーダーを前に語っていた。世間の話題はもっぱらトランプ大統領の来訪だったが、その陰で日本から一人の経営財務コンサルタントが世界に向けて「長寿企業」という日本の秘密を披露していたことは、あまり報じられなかった。
ダボスではいろんな会議が同時期に開かれているんですが、商工会議所の国際会議に呼ばれまして、ファミリービジネスのヒューマンデベロップメント、人材育成についてのテーマで発表を求められたんです。
大山さんが会場で伝えたのは、日本の「老舗」の存在感だった。創業100年を超える企業を、日本では老舗と呼ぶ。その数、実に5万社以上。
実は日本は老舗の数が世界ダントツなんですよ。皇室も2600年以上続いていて、ロイヤルファミリーの中でも実は日本が世界一長く続いていて、この老舗が5万社以上あるんです。
普段何気なく耳にする「老舗」という言葉の裏には、世界のどの国にも真似のできない蓄積があった。大山さんは、この長寿企業の秘訣をダボスの壇上で語った。それは、彼女がこれまで6,000件超の案件を通じて見つめてきた経験の結晶でもある。
「100年先」を見ている社長たち ── アンケートが明かした、長寿企業の視点
長く続く企業には、共通する何かがあるのだろうか。長寿企業を研究する学者たちは、その経営者たちに、あるアンケートを行った。「何年先のことを考えて経営していますか」という問いだった。
長期っていうと10年、30年、50年、100年とある中で、だいたいどのくらいだったと思いますか。
多くの人は「30年」あたりを想像する。だが、結果は違った。
なんとその長寿企業の社長さんは、実は100年先を見てるんですよ。
自分が生きている間には、決して確かめようのない未来。それでも、そこを見据えて経営する社長たちがいる。大山さんは、その理由を「先祖への感謝」に見出す。
代々引き継いできたものを、100年をかけて受け継いだものを毀損せずに、少しでも減らさずに増やして未来に託したい。100年後に自分たちがね、おじいさんおばあさん、ありがとうって言ってもらえるように。
過去への感謝が、未来への責任に変わる。日本社会で「縦の時間軸」が失われつつあると言われる中、長寿企業の経営者たちの中には、確かにその糸がまだつながっていた。
ファミリービジネスとは何か ── トヨタが体現する「創業家の影響力」
大山さんの支援先の多くは「ファミリービジネス」と呼ばれる企業群だ。だが、その定義は世間のイメージとは少し違う。
ファミリービジネスというと、小さな家族経営をイメージされる方が多いのですが、実際には創業家が株主や役員として経営に関与している会社で、規模の大小を問いません。
またその創業家が何らかの形で影響している会社さんなんかもファミリービジネスだと思っています。
その典型例として大山さんが挙げたのが、トヨタ自動車である。株式の保有比率で見れば、豊田家の持ち分はごくわずかだ。それでも、決定的な瞬間に「創業家の影響力」が現れた。
アメリカで大規模なリコール問題で、トヨタの品質への信頼が大きく揺らいだときがあるんです。当時は豊田家は株式で会社を支配するような大株主ではありませんでした。それでも史上最悪の赤字を出したトヨタに創業家から14年ぶりに社長が就いた。前年に着任したばかりの豊田章男さんがアメリカに乗り込んで行って、議会公聴会で説明と謝罪を行い創業家の人間として会社の歴史と信用を背負って前面に立ちました。その姿は社内外の求心力を取り戻す大きな力となり、そこから復活したんですよ。
株主としてでも、経営者としてでも、あるいはそのどちらにも入っていなくても、創業家がビジネスに大きく影響している会社も、それが大山さんの言うファミリービジネスだ。実は、この定義に当てはめると、日本の中小企業の8〜9割、そして長寿企業のほとんどがファミリービジネスに該当するという。
無理をしない経営 ── コロナ禍で証明された、ファミリービジネスの底力
ファミリービジネスが強さを見せるのは、平時ではなく、危機の時だった。
数年前にコロナ禍は、日本だけじゃなくて世界の経済が冷えていたときに、実は強かったのは非ファミリービジネスに比べてファミリービジネスだったんですね。ファミリービジネスの会社のほうが、利益率などの財務パフォーマンスが高かったという研究があります。
株主の利益を優先する印象のある一般的な非ファミリービジネス企業とは逆の結果だ。理由を、大山さんは「意思決定の速さ」と「無理をしない体質」に見る。
危機のときに、内部留保が比較的多いのがファミリービジネス。
老舗のファミリービジネスは無理しないんですよ。身の丈経営って聞いたことありますか。
急成長には、代償が伴う。人を増やし、仕入れを増やし、体制を拡張する──その負荷に耐えきれず崩れる企業を、大山さんは数多く見てきた。
めちゃくちゃすごいスピードで急成長させてしまうと、ベルカーブの法則で急激に落ちてしまうんですね。
無理をしない。だが、成長は諦めない。その絶妙なバランス感覚こそ、老舗が老舗であり続ける理由だった。
後継者は、母親が育てる ── ある家族の「計画的後継者教育」
事業承継の現場で、大山さんが繰り返し見てきたのは、意外な発見だった。後継者を育てるのは、父親ではなく、母親であることが多いという。
後継者で社長になった方にインタビューしますと、お母さんのために(会社を)継ごうと思いましたと、おっしゃられる社長さんおられるんですよ。
大山さんが10年近く研究してきたテーマである。象徴的な事例として、彼女はある家族の話を紹介した。実業家の家に生まれた母親は、自身の弟が「期待されすぎて」うまくいかなかった経験を持っていた。だからこそ、3人の息子たちの教育を、計画的に設計した。
子供のうちは好きな学びをさせ、卒業して社会人になった時には一番不得意な分野に行きなさいって言って、外で丁稚をさせ。長男さんは数字が苦手なので金融系に行き、次男さんはファッション系に行き、三男さんはIT系に行った。
不得意な分野で修行を積んだ3人は、それぞれ異なる強みを携えて戻り、今は3人で会社を経営している。分裂ではなく、補完。母親の教育観が、次の世代の結束を静かに作り上げていた。
たった2つの質問でわかる、会社の「健康診断」
大山さんの著書『どんな状況からでも成長ストーリーが見つかる 決算書の読み方』は、35年間・6,000件超の案件を見つめてきた経験の集大成だ。その核心は、驚くほどシンプルだった。会社の健康状態は、たった2つの質問でわかるという。
多くの経営者は売上げ売上げって、売上げのことばかり気にされることが多いんですけど、実は本業は黒字ですか赤字ですか。本業の利益を聞いているんです。
一つ目は、本業の黒字・赤字。二つ目は、資産と借金、どちらが多いか。
財産と借金とどっちが多いですか。……先ほどの毎月毎月の本業が、家計だと毎月の収支がプラスなのかマイナスなのか、とあわせて見るべきはたった2つなんです。
この2軸で企業を4つに分類すると、一見「安泰」に見える会社にも危険信号が潜んでいることが見えてくる。大山さんが著書で挙げた一例は、売上が伸びているのに利益が減っている会社だった。
人数は変わっていない。でも人件費が上がっている。……実はこれ、落とし穴があって残業がすごく増えてる。……実は今いる従業員が疲弊していないですか。
数字の向こう側には、必ず人がいる。決算書を読むというのは、突き詰めればそこに働く人たちの状態を読むことなのだと、大山さんは静かに語った。
あの日の、一言 ── 「健康には気をつけてね」
番組の最後、二人の聴き手は、大山さんにこれまでの人生で受け取った忘れられない一言を尋ねた。今日語られてきた「会社の健康」の話を経て、改めて投げかけられたその問いに、大山さんは大学院時代の親友の記憶を語り始めた。
これは大学院時代の大親友、台湾人の方なんですけど、彼女が亡くなる前に私に言った、健康だけには気をつけてねという一言です。
親友は、食事にも運動にも人一倍気を配る、健康そのものの女性だった。5歳の息子を残し、乳がんで亡くなる前に、彼女は大山さんにその言葉を託した。
そんな健康な状態の人でも……健康な状態から悪くならないようにする。健康には気をつける。普段からいい状態だと思っている時に気をつけることで、会社も体もいい状態になりますし、長く続いていくと思うんですよ。
会社の健康診断も、体の健康診断も、根は同じだった。悪くなってから立て直すのではなく、良い状態のうちにこそ、目を配る。6,000件超の案件に携わってきた大山さんが最後にたどり着いた言葉は、経営理論ではなく、一人の友人が遺した、あまりにも人間的な一言だった。
VOICES
名言
実は100年先を見てるんですよ。
老舗のファミリービジネスは無理しないんですよ。
実は今いる従業員が疲弊していないですか。
健康には気をつけてね。
VOICE BEHIND THE VOICE
大山さんの原音
対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。
「100年先」を見る経営
実は100年先を見てるんですよ。
──長寿企業の経営者アンケートで大山さんが見出したのは、自分では確かめようのない未来を見据える視線だった。それは楽観でも野心でもなく、「先祖から受け継いだものを、減らさずに次代へ渡したい」という感謝の裏返しだ。縦の時間軸が失われつつあると言われる時代に、老舗の経営者たちの中には、過去と未来をつなぐ糸が確かに残っていた。
無理をしない、という戦略
老舗のファミリービジネスは無理しないんですよ。
──コロナ禍で利益率を保ったのは、ファミリービジネスだった、というデータを大山さんは示す。急成長にはベルカーブの法則が働き、無理な拡張はやがて反動を招く。「無理をしない」は消極策ではなく、100年続けるために磨き上げられた、極めて能動的な経営判断だった。
健康には気をつけてね
健康には気をつけてね。
──大学院時代の親友が、乳がんで亡くなる前に大山さんへ遺した一言。健康を人一倍気遣っていた友人でさえ、病には勝てなかった。だからこそ大山さんは、会社も体も「悪くなってから立て直す」のではなく「良いうちに気をつける」ことの大切さを語る。6,000件超の案件に携わる中で培われた経営哲学の根っこには、この個人的な喪失があった。
CLOSING
あの日の、一言
改めて振り返ると、今日お話しさせていただいた「長寿企業の秘訣」も「会社の健康診断」も、根っこは同じ話だったように思います。
大学院時代の親友が最後に私にくれた「健康には気をつけてね」という一言。あの言葉を、私はずっと自分の中で温め続けてきました。会社も、体と同じです。悪くなってから直すのではなく、良い状態のときにこそ、気を配る。それができれば、会社も、人も、長く続いていきます。
私はこれまで6,000件超の案件に携わってきましたが、どんなに厳しい状況の会社にも、必ず立て直すための道筋があります。借金だらけでも、本業が赤字でも、諦めないでほしい。日本はまだ、経営者を守る仕組みがきちんと整った国です。
ただ、本当に大切なのは、いい状態のうちに相談していただくことです。健康なうちに、健康診断を受ける。それだけで、多くの会社が、次の100年に向かって歩き続けられるはずです。
日本の経済を支えているのは、地域で事業を守り、育て、次の世代へ繋いでいる全国の経営者の皆さんです。これからも、数字の向こうにある「人と組織」を見つめながら、一社でも多くの会社が長く健やかに続いていくお手伝いをしていきたいと思います。
健康には、気をつけて。会社も、体も。
本日はお招きいただき、ありがとうございました。