CHAPTER 01

原点 ── 学校の先生になりたかった青年が、運送業に辿り着くまで

全国の軽貨物事業者を束ねる業界団体の代表が、運送業を志して育ったわけではなかった。

その前はもう学校の先生になりたいと考えてはいたんですが。

新卒で入ったのは不動産会社。学校の先生という当初の夢とも、後の運送業とも、まったく違う世界だった。1 年ほどで独立し、次に手がけたのが営業支援の会社である。

人生を変えたのは、そのときのクライアントだった。軽貨物の事業を営む人たちと出会ったのだ。

不動産業界の営業マンは優秀で、競争も激しい。その世界から軽貨物の現場を見たとき、西田さんはある特徴に気づいた。

軽貨物の事業さんって、あまり営業が得意でないというか、積極的にされないんだな、っていう。職人気質なところがあるので。

そこに、自分の強みが活きる余地があった。営業支援で売上が一気に伸びた。

若かったので、ちょっと調子に乗って、これはいけるぞと。

こうして西田さんは、自らドライバーを抱える軽貨物事業者として歩み始めた。

CHAPTER 02

痛い思い ── 向き合うほど、誰も豊かにならない

しかし、現実は甘くなかった。

やっぱり向き合えば向き合うほど、ドライバーさんも辛いし、自分たちも辛いし、っていうところはありました。

軽貨物のドライバーは、雇用された社員ではない。業務委託で働く個人事業主の集合体である。だから、事故が起きても、収入が低くても、経営者が直接できることには限りがあった。

西田さんは、なるべく誠実に向き合おうとした。けれど、その誠実さは、思わぬ矛盾を生む。

どんどんどんどん会社は薄利になっていくわけですけど。じゃあ薄利にした分、ドライバーさんの生活が豊かになるかというと、イコールではなかなかなくって。

自社の利益を削っても、ドライバーの暮らしは楽にならない。出来高制の競争の中で、運ぶ量は増えても単価は下がっていく。誰かが儲かって、誰かが儲からない。その構造の前で、一人の経営者にできることは、あまりにも少なかった。

CHAPTER 03

「僕、このまま続けていいですか」── 稼ぎ頭の、ひとこと

決意の瞬間は、ある朝、倉庫で訪れた。

当時の稼ぎ頭は、25 歳のドライバーだった。月の売上が 70 万円を切ることはほとんどない、優秀な男だった。彼が西田さんに歩み寄り、嬉しそうに報告した。子供ができた、結婚する、と。

西田さんは「おめでとう」と返した。だが、続いて出てきた言葉が、西田さんの足を止めた。

僕、このままこの仕事続けてていいですか、って。

休みもなく働き、家族と過ごす時間も削っている彼の姿を、西田さんは知っていた。だから、素直に「頑張ろう」とは言えなかった。代わりに、口をついて出たのは、経営者としては考えられない言葉だった。

半年分の生活費貯めて、やりたい仕事言え、と。お前だったら半年本気でやったら、絶対一人前になれるから。

稼ぎ頭に、転職を勧めたのだ。相手はポカンとしていた。一緒に頑張ろうと言われると思っていたのだろう。

その彼は、今も軽貨物を続けている。先日、3 人目が生まれたと報告も届いた。だが、言ってしまった手前、西田さんの中では何かが決定的に動いていた。彼の後ろには、自社のドライバー、協力会社のドライバー、同じ現場を支える人々──全体で 100 人ほどが連なっていた。

自分はなんてことをしてしまったんだろう、って思って。稼ぎ頭に、続けられないなんてことを言って。

車を運転して帰る道すがら、西田さんはずっと考え続けた。インフラを支えていると言い続けてきたのに、その担い手が生活すらできない。これは競争でどうにかなるものではない。何かを変えなければいけない──。

そして、最初にやるべきだと思ったのは、逆説的なことだった。自分の事業を、畳むことだったのだ。

CHAPTER 04

会社を畳んで、業界へ ── 多重下請けという構造

自社を売却し、その資金で全国を回り始めた西田さんは、確信した。困っていない会社は、一社もいなかった。

ドライバーの困りごととして、まず挙がるのは「運賃が低い」という声だ。だが、西田さんはそれだけが問題ではないと言う。業界に根深く横たわるのが、多重下請け構造である。

荷主さんがいて、最初に受けるのが元請けさん。その方が運送やるんじゃなくて、さらにその下の一次受け事業者さんで、そこで終わればいいけど、2 次受け、3 次受けと。間が入ることによって、どんどん売上が差し引かれて、結果ドライバーさんに入るのってすごく低いよね、と。

西田さんが挙げた数字は、現場の厳しさを物語る。1 時間あたり 1,500 円ほどの売上で案件が取られてしまう。そしてドライバーは、その中からガソリン代も、車両代も、保険代も、仕事がない時のリスクも、事故のリスクも、すべて自分で背負う。

なぜ、こんな構造になったのか。軽貨物は、一台・一人から始められる手軽さが「売り」だった。誰かを雇わなくても、自分一人で開業できる。その参入のしやすさが、結果として過当競争を生んだ。

産業として競争力が、残念ながらなかった、というところが大きいんだと思います。

誰かが悪いのではない。構造そのものに、課題があった。西田さんは、その構造に挑むために、経営者の椅子を降りたのだった。

CHAPTER 05

不足しているのは、人ではなく価格

「ドライバーが足りない」とよく言われる。だが、西田さんの見立ては違う。

さっき言った 1,500 円で集まる人は、それはいないよね、と。だけど、じゃあこれが 3,000 円だって言われると、軽貨物の社長さん 100 人に「3,000 円どうですか」って言ったら、もうみんな「いくらでも人集めます」って言うんですよね。

不足しているのは、人ではない。価格だ。きちんとした報酬さえあれば、やってくれる人はいくらでもいる。これは軽貨物に限らず、トラックを含む運送業界全体に通じる話だと西田さんは言う。

そして、ドライバーの収入の高低を分けるものは、本人の努力だけではない。宅配の世界では、それは半ば「運」だという。

やればやるだけ、って言っても、荷物の量はこっちでコントロールできないわけですよ。

荷物の量を握る蛇口は、宅配キャリア側にある。良いコース、はまった地域を扱える会社に所属できるかどうか──そこに当たるかは、運に近い。だからこそ西田さんは、ドライバーが自分のキャリアや能力を正当に評価され、より稼げる場所へ移れる「流動性」が必要だと考えている。個人事業主であるはずなのに、所属する会社に縛られ、なかなか独立させてもらえない。フリーランスにありがちな不自由が、この業界にもあるのだ。

CHAPTER 06

安全という、置き去りにされた根底

運送業において、安全は最も大切な根底である。だが、軽貨物の世界では、それが置き去りにされてきた。

個人事業主さんなので、いわゆる安全っていうと、教育とか時間の管理みたいになるんですね。これって難しくて、労務管理とすごく似てるんですよ。

かつては大手の運送会社が個人ドライバーの面倒を見ていた。しかし、偽装請負や社会保険料逃れが問題視されるようになると、大手も面倒を見づらくなる。その結果、教育も管理も行き届かなくなり、事故が増えていった

国も動き始めた。2025 年 4 月からは安全管理者の選任が義務化され、アルコールチェックや運転時間の記録保管も求められるようになった。とはいえ、個人で対応するのは大変だ。全軽協では、それを支えるアプリを作り、業界全体で地域の交通安全活動に関わる取り組みを進めている。

西田さんは、国土交通省の貨物軽自動車運送事業適正化協議会の委員も務める。そこでも、増え続ける軽貨物の事故をどう減らすかが、大きな課題として議論されている。

価格が安ければ、安全対策に取る時間もないし、長時間労働になりがちになってしまう。

安全と価格は、地続きだった。西田さんが掲げる目標は、明快である。

奥さんと子供さんを育てられるぐらいの収入が、法律の規定内の労働で得られるようにしたいよね、と。インフラって、最低そこじゃないか、っていうのは言ってる。

法律で定められた労働時間の上限の範囲内で、家族を養えるだけの収入を得られること。インフラを支える人にとって、それが最低ラインであるべきだ。西田さんは、そう言い切った。

CHAPTER 07

心を配る仕事 ── 物流が支えていた、もうひとつのもの

軽貨物が支えているのは、物の流れだけではない。

地方や過疎地では、物流の維持そのものが困難になっている。300 人ほどしかいない地域で、家一軒のために何キロも山道を走る。大きなトラックでは消費するコストが大きすぎる。そこで、小さな軽バンが、地域の他の事業と絡めながら担える役割がある。西田さんは、過疎地の物流をどう持続可能にするかにも取り組んでいる。

防災の現場でも、軽貨物は力を発揮する。能登半島地震の際には、会員企業が自治体の要請を受けて被災地に入った。雪の中、大きなトラックでは入れない場所へ、支援物資を避難所まで運んだ。ドライバーが段ボールベッドを組み立て、自衛隊や自治体職員とともに動いた。毎日その地域を走るドライバーは、寸断された道の裏道も知っている。

そして、もうひとつ。物を届けるという行為は、人と人とのつながりも支えていた。スタジオでは、過去のゲストである運送会社が、遠隔地の高齢者の見守りを兼ねて訪問しているという話が紹介された。実家に定期的に荷物を送り、その受け取り通知をきっかけに、離れて暮らす家族が連絡を取り合う。

物流機能っていうだけじゃない、人とのコミュニケーション、コミュニティの持続性っていうのも支えてた部分がある。

物を運ぶだけではない。心を配っている。川越が言葉を添えると、西田さんの活動の意味が、静かに立ち上がってきた。

小回りが効き、細やかなサービスができ、人との対話もできる。だからこそ、軽貨物はこれから大きく伸びる業界になる。そのために西田さんは、荷主が納得できる適正な原価の指標を行政や団体がきちんと示していくことが大事だと語る。便利な世の中を、ドライバーを豊かにしながら、続けていくために。

VOICES

名言

僕、このままこの仕事続けてていいですか、って。
まずやらなきゃいけないと思ったのが、自分の事業を畳むことだった。
不足しているというよりは、価格設定が難しい。産業に競争力がない、っていうところに当たる。
インフラを支えているんだ、いろんな人の生活を支えているんだ、っていうことを、本当の意味で評価してもらえるように。

VOICE BEHIND THE VOICE

西田さんの原音

対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。

稼ぎ頭に、転職を勧めた経営者

半年分の生活費貯めて、やりたい仕事言え、と。

──月 70 万を稼ぐ自社の稼ぎ頭から「このまま続けていいですか」と問われたとき、西田さんは「一緒に頑張ろう」と言えなかった。経営者の本能としては、引き止めるのが自然だ。だが彼は逆を選び、転職を勧めた。一人の経営者として誠実であろうとするほど、一人では何も変えられないという矛盾に突き当たった。この瞬間が、自社を畳んで業界全体に向かう決意の起点になっている。個を救おうとして、構造に行き着いた人の話である。

会社を畳むことから、始まった

まずやらなきゃいけないと思ったのが、自分の事業を畳むことだった、っていう。

──業界を良くしようと決めた西田さんが最初にしたのは、自分の会社を売ることだった。普通なら、自社を成長させて影響力を持ってから動く。だが彼は、当事者である立場を手放すことを選んだ。特定の事業者の利益代表ではなく、業界全体の中立的な担い手になるための、逆説的な決断である。多重下請け構造に切り込むには、まず自分がその構造の外に出る必要があった。

不足しているのは、人ではなく価格

3,000 円だって言われると、もうみんな「いくらでも人集めます」って言うんですよね。

──「ドライバーが足りない」という業界の通説を、西田さんは現場の感覚で否定する。足りないのは人ではなく、適正な価格だ。1,500 円では誰も集まらないが、3,000 円なら人はいくらでも集まる。問題を「人手不足」と捉えるか「価格と構造の問題」と捉えるかで、打つべき手はまったく変わる。西田さんが政策や行政に働きかけるのは、個社の努力では動かせない価格と構造を、社会の仕組みとして変えるためである。

CLOSING

明日への誓い

全国の軽貨物をやられている事業者の皆さん、ドライバーの皆さん。私は 2022 年から、全国軽貨物協会という業界団体を立ち上げ、今日まで運営をさせていただいています。

なかなか現場に、この存在や、やっていることが届くことはないのかもしれません。けれども、皆さんのことを考え、現場をより良くしていこう、皆さんの生活を豊かにしていこうと言ってくださる、荷主さん、元請け事業者さん、行政の方、他の物流を支えている方、消費者の方──いろんな方に支えられ、ご理解いただいて、全国軽貨物協会は今、4 年目になっています。

皆さんの生活がより豊かになるため、さらにこのインフラを支えていくためには、各事業者さんがこの活動に加わっていただくことが、非常に重要なフェーズになってきています。現場を汗水流して支えて、生活が大変だ、いろんなことはあるんだと思います。ただ、その業界を良くしていくのも、また皆さんの少しずつの力なんだと思っています。

これから私がやっていくことは、皆さんの収入が上がることかもしれないし、家族を支えられるようなことかもしれない。将来の夢につながることかもしれない。それは分かりません。ただ言えることは、皆さん一人一人の毎日の働きが、ただのお金のためにやっていることだけではなく、インフラを支えているんだ、いろんな人の生活を支えているんだ、ということを、本当の意味で評価してもらえるように──。そんな業界、知ってもらえる業界にしていきたいと思っています。

そして、何か荷物の到着を待っている皆さん。今日届くかもしれないけど、今日帰れないなと思ったら、一本、アプリでも何でもいいです、「今日は居ないよ」と登録をしていただく。そんな一つ一つの取り組みが、いきなり運賃が上がることはないと思いますけれども、この業界を少しずつ支えていっているんだろうな、と思います。

私はそれをきちんとまとめ、形にして、仕組みにして、この業界全体が、より持続可能で、皆さんに豊かな社会を提供できる業界、事業者として発展できるよう、これからも努めてまいります。引き続き、よろしくお願いいたします。