サクシードには、引き継ぐという意味がある。
水沼さんが栃木銀行へ入行したのは 2000 年。就職氷河期の真っ只中で、半分しか就職が決まらない世代だった。ただ、入る前から 10 年で独立すると決めていたという。同世代には後継経営者が多い。いずれ彼らが社長として会社を継いでいくとき、地域の中小企業はどうしてもバイタリティで経営されているから、課題解決を一緒にしていく存在が地域に必要だろう。そういう仮説が働いていた。9 年勤めたところで大学院に行くと決め、退職して法政大学のビジネススクールに通い、その流れで、宇都宮の地に事業承継を専門に扱うコンサルティング会社を創業した。
会社を継げる人材を、どう育てるか。水沼さんが運営する栃木経営人材塾は、すでに第 8 期を数え、OB は 200 人を超えた。講師には全国から経営者を招く。『日本でいちばん大切にしたい会社』の著者である坂本光司先生。日本レーザー。さくら住宅。その業界で王道と言われる経営をしている人たちに来てもらい、地元で本物を学んでもらうという趣旨である。受講するのは社長や、これからの幹部、部長クラス、そして経営人材になりたいという人たち。この塾の OB が、いま「つぐなら」に受け手として登場している。
それだったら私が引き継ぐわ、というふうに。
引き継ぎがうまくいく条件を問われて、水沼さんが最初に挙げたのは距離だった。国も第三者承継を進めているが、これまで注目されてきたのは何件くっついたかという数字で、いよいよその後をどうするかという議論になってきている。いちばん難しいのは、統合のところなのだ。同じ地域で生活していること。価値観が近いこと。そして何かあったときにすぐ駆けつけられること。マッチングした中で最も近かった事例は、2 キロ先の会社だった。
もちろん、近ければいいというものでもない。純然たる買収はあまり勧めない。共通する経営資源があって互いにウィンウィンになる絵を、コンサルティング会社として描いたうえでつなぐ。御社の販路ならこのくらいの売上になるのではないか、というところまでプランニングして持っていく。
つぐならは現在 9 エリア。年内には 20 エリアに広がる予定だという。エリアをまたぐ事例も出てきた。栃木の後継者がいない工場を、東京の同じ業界でより規模の大きい会社が自社の工場として社員ごと引き継ぐ。地元ではシナジーが得られない建設業者を、エリア外の企業が引き継ぐ。各地域の金融機関が、つぐならの趣旨に沿って、この会社はいい会社ですよと紹介してくれる。
もう一つ、引き継がれた側に起こることがある。待遇である。受け手の規模がある程度あれば、給与はそちらの基準に合わせていく。小さな会社では賃上げの原資がなかなかないが、引き継がれることで待遇が改善する事例はたくさんある、と水沼さんは言う。地方から見れば、これは企業誘致にほかならない。
でも事業承継っていうテーマでの企業誘致だと、私は思ってまして。
実際に、移住を促進したい行政とはすでにタイアップして、いろいろな企画を練っているという。
新著『事業承継 買い手も売り手もうまくいくリアルノウハウ』(ビジネス社)には、受け手の目線での注意点が、事例 50 本とともにまとめられている。初めて M&A に取り組む人は、どうしても金額の話から入ってしまう。すると経営理念や思いは後回しになり、条件交渉へ進んでいく。だが中小企業は、条件で統合することはできない、と水沼さんは言い切る。完璧な中小企業などないのだから、どこかで歩み寄るしかない。
VOICES
名言
選べるって、やっぱり豊かさの象徴だと思ってますから。
良質な雇用を前提と経営してる方が、私は受け手になっていくべきだと思います。
まず、やはり私、動機が重要だと思ってます。
中小企業って、条件で統合って絶対にできないと私は思ってまして。
VOICE BEHIND THE VOICE
水沼さんの原音
対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。
M&A に、罪はない
よく私、M&A に罪はないっていう話をするんですけど。
──M&A という言葉には、悪いイメージがついて回った時期がある。ただ、そうしてしまったのは M&A を扱う側の人たちだ、というのが水沼さんの見方だ。だからイメージ自体を自社で変えていこうと考えた。つぐならのサイトには、M&A という言葉がほとんど出てこない。代わりに使っているのは「経営資源引き継ぎ」というキーワードである。
それなら載ってもいい、と受け手側が言うようになった。実際いま、会社を引き継ぐことは地域の中では社会貢献に近い取り組みになっている。従業員がいて、取引先がある。地域の資源として認識できる取引を引き継ぐ、それだけでも社会的価値は非常に大きいというのが水沼さんの実感だった。
引き継ぎの順番についても、はっきりした考えを持っている。相談があっても、最初から M&A の話はしない。社員に引き継ぐノウハウも、経営を改善させるノウハウも自社にあるのだから、社長がもう数年やれるのなら、社員の誰々さんにやる気があるのなら、その方に引き継がれてもいいのではないですか、とまず提案する。それができないときに外へ出る。M&A ありきはちょっと違う、というのがつぐならの思想の根幹にある。
50 年続いた事業を、なくしていいのか
果たして 50 年続いてきた事業を、自分たちの代で地域の中になくしてしまっていいのか。
──町の人気のある定食屋、レストラン、居酒屋が、後継者がいないまま次々と廃業している。目に見える店ですらそうで、製造業の町工場や卸売業は、表に見えないままひっそりと畳まれていく。想像を絶するスピードで企業数が減っているというのが、地域の現状だという。
30 年、50 年と続いてきた会社には、それだけの思いがある。それを終わらせるかどうか。その選択権は、我々にはないんじゃないかというのが水沼さんの課題認識だった。このままいくと子どもの世代から、お父さんお母さん、なぜそういう地域を残しておいてくれなかったのか、と言われてしまうのではないか。目線は 50 年後、100 年後に置かれている。
なくなれば、地域から選択肢そのものが消える。選べるというのは豊かさの象徴だ、と言う。もちろんすべての会社をというわけにはいかないから、きっちり厳選して、きっちりとした方に受け継いでもらう。それを水沼さんは「動機善の事業承継ネットワーク」と呼んでいる。受け手に必要な資質を問われて最初に挙げたのも、動機だった。自分さえ良ければという動機で、いまの時代に地域で金儲けをするのは厳しい。ただし動機だけでは事業は続かないから、理念を世の中に具現化させていく強さもいる。その二つを兼ね備えた人が、これからの地域の経営者ではないか、と話した。
CLOSING
明日への誓い
私はやはり、地方創生の一丁目一番地は、この事業承継課題の解決だと思っております。この「つぐなら」を、さらに地域の皆様、そして全国の皆様に使い勝手の良いサービスにして、20 年後、30 年後に、つぐならがあって、こういう会社さんたちが地元にあるんだな、と。我々の子供の世代が、お父さんお母さん、つぐならを作っておいてくれてよかった、こういうサービスがあったからこそこの会社が残ったんだ、と言えるような地域社会にしていきたいと思っています。
事業承継というと、どうしても暗いイメージ、地域の危機というふうにとらわれがちですけれども、私は全く逆なんじゃないかなと思っています。イノベーションが事業承継に掛け算になることで、新しい付加価値を生んできた事例を、私はたくさん見ていますので、こういう事例が全国に広がれば、地域はまた再び、いろんな人から賞賛される時代が来るんじゃないかなと思って取り組んでいきたいと思います。
現在 9 拠点ですけれども、これを 2 年以内に 47 都道府県すべてに、つぐならを展開していきたいと思っています。ぜひ、北海道の皆さん、九州の皆さん、このサービスが皆さんの地で地域課題の解決を果たせるようになるように、必ずしていきますので、その際は一緒に力を合わせて取り組んでいただければというふうに思います。