CHAPTER 01

原点 ── 博士号を目指していた建築学生が、「経済」へ踏み出す

早稲田大学大学院建築学科。研究者・技術者の道が自然な流れに見えた場所で、畠山さんはある問いと向き合っていた。

建築をやっていたので、すごく建築が好きで、いろんなコンペにも参加させてもらったんですが、建築以外のことを知らない。誰がお金を払って、誰が依頼者なのか。幅広く視野を広げた時に、自分自身が何も知らない。

博士号まで進む意欲はあった。しかし、知識の視野が狭すぎるという感覚が、どうしても拭えなかった。

海外生活の経験もあった。「日本ってどうなってるんだっけ」と、多角的な視点で世界を見ようとした時、建築の文脈だけでは見えないものがある──そう感じた。友人に相談すると「経済はどうか」という声が返ってきた。いくつか経済系の企業を受けた中の一社が、野村證券だった。

当初は、博士号まで行きたいなというのがあったんですが、欲として、もっといろんな世界を知りたいなと。

建築家になる道を閉じたわけではなかった。広い世界を見てから、自分の立ち位置を決める──それが、畠山さんの最初の選択だった。

CHAPTER 02

「何も分からなかった」小僧に、5 人のインストラクターが付いた

野村證券に入社した建築学科卒の新入社員は、金融の「き」の字も知らなかった。

大変でした。何も分かりませんでした。野村証券もよく取ったな、と思います。

最初に配属されたのは、本社で金融商品を作る部署だった。何も知らない新卒の小僧に、通常は 1 名つくインストラクター(指導先輩)が、なんと 5 名ついた。

あまりにも何も分かってなかったので、5 人。人の 5 倍は習得できる環境だったというのは大きいですね。

それを「大変」と思わなかったのは、それが普通だと思っていたからだ。しかし、周囲には経済をかじってきた同期が多い中、完全にゼロからのスタートはやはり苦しかった。

約 8 年弱、畠山さんは猛スピードで金融の世界を学んだ。グローバル・マーケッツ部門から投資銀行部門へ。大手上場企業のオーナーや経営者と日々対話を重ねる仕事の中で、ある気づきが生まれていく。

CHAPTER 03

ふと気づいた ── あらゆる業態の「入口」に、不動産がある

野村證券時代、畠山さんは多種多様な業種の経営者と出会った。製造業、テレコム・メディア、薬品系──。

ふと思った時に、いろんなビジネスの業態がある。その入口に必ず関わってくるのって何だろうなって思った時に、絶対不動産って関わってくるなと。

ビルのオフィスを借りる。工場の用地を確保する。どの業種であっても、不動産は必ず関わってくる。言い換えれば、不動産とはあらゆる業種に「つながりを持てる業態」だ。

さらに、建築学科出身という自分の背景がある。建築の知識と金融の知識が統合できる場所が、不動産業界ではないか──。こうして畠山さんの心は、動き始めた。

経営者という選択肢も、この頃に浮かんだ。野村證券の顧客であった多くの経営者たちの話を聞くうちに、楽しそうなんですよ、経営している人が──という実感が積み上がっていた。安定を捨てることに、両親は猛反対した。

もう両親の期待はことごとく裏切ってきましたからね。

しかし、「やってみたい気持ち」が優先した。野村證券を辞める前に、まず不動産会社に転職して現場を学ぶ──畠山さんは、2 年の修業期間を設けた。

CHAPTER 04

業界の「グレー」と、正直に向き合った 2 年間

不動産会社に転職した畠山さんを待っていたのは、衝撃だった。

証券会社では、最先端かつ厳格なコンプライアンスのもとで仕事をしてきた。ところが不動産業界は、構造的にアナログで、情報開示が不十分な慣習が根付いていた。

売買の判断に重要な事項や条件についても、口頭で簡易的に済ませたり、酷いときは省略したりして、書類に残さないケースが非常に多い。

それだけではない。

非常にグレーな業界だなというのは、改めて思いますね。本来伝えなければならない土地の悪いところが、結構隠されてたりするんです。

隣地との境界が曖昧なまま売買が進んでいたり、私道の共有持ち分を持っていない物件が平然と売りに出されていたり。重要事項説明書には記載があっても、「読みましたか?サインをください」で終わる。売り主が後から気づくケースが後を絶たない。

しかしこの 2 年間、畠山さんは現場の理不尽に向き合いながら、あるエピソードを胸に刻んだ。慣れ親しんだ家を売却した高齢の女性が、「リフォームされたわが家の姿を見られたら…」と語ったのだ。上席から「時間の無駄」と断られながら、畠山さんは勤務後の深夜にビフォーアフターの写真集を自作してプレゼントした。その女性からは、今でもお礼の手紙が届く。

業界を変えたい。お客様や社会に真に役立つ会社を作りたい──その確信が、独立を決意させた。

CHAPTER 05

「利他の精神」が、不動産で実現しにくい理由

2024 年 2 月、畠山さんは Tellus-Torch 株式会社を設立した。経営の根幹に据えたのは「利他の精神」と「三方良し」──売り手良し、買い手良し、世間良し、の三つだ。

しかし畠山さんは、現状の不動産市場では「三方良し」が実現しにくいとも、率直に語る。

昨今だと特に高級マンションなどは海外の方々が買って、すぐ転売して、どんどんマンション価格が上がっていく背景があるわけですけど、じゃあ世間が良いかというと全然良くないわけですよ。

本来そこに住みたい人たちが住めない。ペアローンや 50 年ローンが増えているのも、価格上昇がなければ短いローンで済んだはずの話だ。

では「不動産における利他の精神」とは何か。畠山さんはこう答えた。

売り手としては高く売りたい、買い手としては安く買いたい。中に内包されたリスクというものをちゃんとお互い理解して、売買が成立する。ここが利他の精神の一つです。

情報を開示するだけでは足りない。相手が理解しているかどうかまで、責任を持つ。そして、単なる売買で終わらせず、売り手がどういう思いでその家に住んでいたかを、買い手にも伝える。それが、畠山さんの言う「利他」の実践だ。

CHAPTER 06

「テルストーチ」── 大地の女神と、灯火

会社名「Tellus-Torch」には、重ねられた意味がある。

「テルス」はローマ神話の大地の女神から名前をいただいていて、「トーチ」はかがり火、灯火。不動産だから、大地の──というのもありますし、Tellus-Torch が足元と未来を照らして、困っている人たちを引っ張っていこうという思いもあります。

さらに英語表記では「Tell us」とも読める。「困りごとがあれば、教えてね」──というメッセージを語呂に込めている。土地を「照らす」とも読めるし、「告知する」とも読める。

この名前には、畠山さんが会社を作る際に描いた事業構想の核がある。不動産を通じて、人と人をつなぎ、地域と社会に新たな価値を生み出す。証券会社時代の知見、建築学科での学び、不動産現場での修業。三つのキャリアが、この一点に集まっている。

CHAPTER 07

眠っている土地を、小さな町へ ── 地方創生という構想

畠山さんが今、最も情熱を注いでいる取り組みがある。都心に集中する経済・人・資産を、不動産を通じて地方郊外に還流させることだ。

日本には、使われず、貸されず、抱えられている土地が多い。長寿化により相続と権利関係が複雑化し、「売りたい孫、どうすればいいかわからない親、決定権を持つ祖父母」という三世代のねじれ構造も生まれている。農業としての採算も厳しく、生産性・収益性が生まれにくい。

そこで畠山さんは、不動産的価値の低い山間の土地を自社で購入し、新たな価値を生み出す試みを始めている。

有名な建築家の建築に触れられることもいいですし、都心の喧騒から離れたいという方のためのリフレッシュできる場所を建物で表現できないか。さらに、そこで管理・受付・運営できる雇用が生まれるようになれれば、地方郊外にも人が戻ってくるんじゃないかと。

目標は、まず 1 棟。将来的には 100 棟。家庭菜園や地元の農業との連携も構想に入れながら、地域を巻き込んだ新しいビジネスモデルを目指す。

小さなスモールワールドがたくさん出来上がって、一つ一つの歯車が回った時に、ちゃんとしたシティとして成り立つんだろうなと。

ディベロッパーのようにゴリゴリ建てるのではなく、町をつくる。不動産を起点に、日本の地方に新しい命を吹き込む──畠山さんの構想は、まだ緒についたばかりだ。

VOICES

名言

建築以外のことを知らない。幅広く視野を広げた時に、自分自身が何も知らない。
あらゆるビジネスの入口に不動産は関わってくる。言い換えれば、どの業種にもつながりを持っている業態だ。
開示するだけじゃなくて、相手に理解してもらっているかどうかだと思います。
小さなスモールワールドがたくさん出来上がって、一つ一つの歯車が回った時に、ちゃんとしたシティとして成り立つ。

VOICE BEHIND THE VOICE

畠山さんの原音

対話の中で、ふと口にした言葉。
編集部が聴き取った、その人の核にある原音。

業界の「グレー」を直視した

本来伝えなければならない土地の悪いところが、結構隠されてたりするんです。

──不動産業界に転職した畠山さんが最初に受けた衝撃は、情報開示の不誠実さだった。証券会社の厳格なコンプライアンス文化を身体で覚えていた人間には、口頭での省略、書類を残さない習慣、理解を確認しない説明──これらすべてが「異次元」に映った。しかし、この衝撃こそが独立の動機になった。見たくない現実を直視し、そこから変えていくという構えが、畠山さんの経営の出発点にある。

深夜に作った一冊の写真集

「三方良し」は理念ではなく、こういう行動のことだ。

──高齢の売主女性が「リフォーム後の家の姿を見られたら」と語ったとき、上席から「時間と金の無駄」と断られながら、畠山さんは勤務後の深夜に自費でビフォーアフターの写真集を作ってプレゼントした。その女性からは、今もお礼の手紙が届く。語られた言葉より、語られなかったこの一行動が、Tellus-Torch という会社の本質を示している。

「三方良し」が実現しにくい時代に、あえて掲げる

昨今のご時世だと、不動産において三方良しは実現しにくい。

──価格高騰、投資目的の転売、長期ローンに縛られる購入者。売り手と買い手が良くても、世間には利益が届いていない。そのことを自ら認めながら、なお「三方良し」を経営の根幹に据えている。この逆説こそが、畠山さんの信念の深さを示す。理想論でなく、現実の矛盾を知った上での選択──だから、言葉に重みがある。

CLOSING

あの日の、一言

畠山さんには、人生を支えてきた二つの言葉がある。

一つは、ご両親からの言葉だ。

驕り高ぶらず、常にひたむきに。

幼い頃から口酸っぱく言われてきた。大人になり、立場やお金が変わることで変わってしまう人を目の当たりにするたびに、この言葉を思い返す。謙虚に、ひたむきに続けること──それが、結果として自分にとっての幸運につながってきたと、畠山さんは振り返る。

もう一つは、野村證券時代の先輩から教わった、上杉鷹山の言葉だ。

為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり。

金融の「き」の字も分からなかった新入社員時代に、この言葉を聞いた。ただ待つのではなく、自分で行動する。どんなに失敗しても、行動を止めない。建築から金融へ、金融から不動産へ、そして独立へ──畠山さんの歩みは、この覚悟の連続だった。

驕り高ぶらず、行動を止めない。この二つが、社会課題に立ち向かう畠山さんの、今も変わらない陶冶の言葉だ。